ノンテクニカルサマリー

株式上場と資金制約

執筆者 植田 健一 (東京大学 / TCER)/石出 旭 (ノースウェスタン大学)/後藤 康雄 (リサーチアソシエイト)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム (第四期:2016〜2019年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

企業の借入制約の度合いは、中小企業支援や金融政策などで、政策当局が注目するところであり、また国民一般にも関心が高いところである。しかしながら、これまでアカデミックな研究では、データの制約上、主に上場企業の資金制約が調べられてきた。逆に言えば、上場企業をサンプルとする研究は国内外で豊富にあり、これらの研究の蓄積をどこまで利用できるかを知ることが、さまざまな政策の評価をする際にも重要となる。従って、本研究では、日本の企業について、上場会社と非上場会社の間にどのような資金制約の違いがあるかを確かめることを目的とした。

我々は、端的に言えば、企業は株式上場により資金制約が緩和されることを示した。ただしそのメカニズムは単純ではない。この結果は、1995年から2014年の20年間にわたる日本の企業レベルのデータを用いたもので、メインバンクによる影響や、株式の過半数を握る親会社がある場合などを、除いた結果である。表1にパネルデータを用いた回帰分析による主要結果を示すが、このほかにも傾向スコアを用いた分析なども行い、結果の頑健性を確かめている。

具体的には、2つの特徴が確認できた。1つ目は、よく似た非上場の企業に比べ、 上場している企業は資本の限界生産性が低いということである。理論的には、資金があればそれだけ資本を投下でき、資本の限界生産性が低くなる。従って、上場企業の資本の限界生産性が低いということは、非上場企業はよりタイトな資金制約に面しているということになる。なお、資本の限界生産性は、一般的に総資産利益率や固定資産利益率で概算的に測定され、本研究もそれに倣った。

2つ目の特徴は、よく似た非上場企業に比べ、上場企業は、不景気の際により多く借り入れができるということである。これは、資本の限界生産性が低いだけなら、上場企業が一般的にただ非効率な経営という説明もつくが、不景気の際により多く借り入れられるということは、銀行の選別行動を考えれば、上場企業の方が、貸倒リスクが総じて少ないことを示し、すなわち非効率な経営を行っているわけではないことが分かる。なお、上場企業の方が一般に古くからあり企業規模が大きいからリスクが少ないのは当然と思われるかもしれないが、これらの結果は、創立年、産業分類、企業規模、メインバンクなどの特性を同じくする、ほぼ等しいと思われる上場企業と非上場企業を比べたものであって、さまざまな外形的な要因を除いた上での実証結果である。

しかしながら、上場企業が本当に非上場企業よりも借りやすいというのであれば、平均的に借入金が多いはずである。しかし、実際はそうではないことがわかった。すなわち、上場企業は通常時では、非上場企業に比べ、借入金がむしろ少なく、そのため、いざという時に借りられるということである。なぜ同様な企業なのに、上場企業の方が借入金が平均的に低いかであるが、これはある意味当然かもしれないが、株式による資金調達という手段があり、資本金がより充実していると見られる。

政策面では、企業の借入制約や銀行による貸し渋りなどを懸念する必要も依然としてある。しかしながら、そのような制約にできるだけ陥らないように、企業がより簡便に株式を上場できるように制度を改善していくことも重要である。さらに、上場基準に達した企業が実際に上場するように、株式市場のメリットを高める必要がある。これらは、本研究の枠を超えるが、最終的には投資家にとってのメリットを追求することで、企業が低コストで資金調達をできることとなるため、コーポレートガバナンスの改善が求められる。

表1:パネルデータ分析による上場会社と非上場会社の差
(規模や設立年などコントロール後、5%以上の統計的有意)
純資産利益率(%) 固定資産利益率(%)
非金融業
-0.393
製造業
-0.490
非金融業
-3.465
製造業
-2.332
新規借入
(総資産負債比率増減、%)
総資産負債比率
非金融業
0.687
製造業
0.375
非金融業
-0.139
製造業
-0.139