ノンテクニカルサマリー

東日本大震災によるサプライチェーンの寸断が労働者に与えた影響

執筆者 近藤 絢子 (東京大学社会科学研究所)
研究プロジェクト 日本の労働市場の転換―全員参加型の労働市場を目指して―
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「日本の労働市場の転換―全員参加型の労働市場を目指して―」プロジェクト

東日本大震災は、被災地において直接的な被害を受けた事業所に雇われていた労働者だけでなく、その取引相手の事業所にも、サプライチェーンの寸断を通じて影響を与えたことが知られている。しかし、このような間接的なショックが雇用に与えた影響については、実証的に明らかにされてこなかった。本研究は、サプライチェーンの寸断を通じた生産活動の停滞が、被災地以外の事業所における労働者の離職、産業間移動、地域間移動、震災後数年間の就業状態に与えた影響を検証した。

震災の影響度の計測

本研究では、震災の影響度の指標として、(1) 震災の影響で休職した労働者割合、(2)震災によって仕事が影響をうけた(操業時間短縮など)労働者割合、(3)サプライチェーン寸断による生産減少の上限の推計値、の3つの指標を作成した。(1)(2)は2012年の就業構造基本調査における自己申告、(3)は津波被害のデータ、原発事故の避難指示区域と都道府県間産業連関表より都道府県・産業ごとの値を作成した。

津波により直接被害を受けた青森・岩手・宮城・福島・茨城・千葉を除く41都道府県について、これら3つの指標がどのように分布しているのかを下図に示す。最も影響が大きいのは東北地方と関東地方だが、被災地から遠く離れた西日本にも、部分的に影響度の高い都道府県が存在することがわかる。

図:震災の影響度の指標の分布
図:震災の影響度の指標の分布
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推計結果

2012年の就業構造基本調査を用いて、震災発生時に就業していた労働者について、図に示した3つの指標が、震災後調査時点までに離職する確率、震災時と違う産業で働いている確率、違う都道府県に住んでいる確率、および2012年10月時点の就業状態に与えた影響を推計した。

サプライチェーン寸断の影響を受けた労働者の離職は増えたが、離職者の産業間移動の確率は変化せず、他の都道府県への地理的な移動は増えていたことがわかった。就業状態への影響については、自己申告による主観的な影響度と、都道府県間産業連関表を用いて推計した生産減少の上限の推計値とでは結果が異なる。震災の影響を受けたと自己申告した労働者には、2012年10月時点において失業率が高いなどの負の影響が見られたが、生産減少の上限の推計値と、その震災時点でその産業・都道府県で働いていた労働者の就業状態には相関が見られなかった。この違いはおそらく、別の理由で失職した労働者が震災のせいにする、あるいは雇用主が本当は別の理由で雇用調整をしたいときに震災を言い訳にする、といったことからくるバイアスが生じているためと推測される。被害の自己申告に基づいて災害の影響を検証する際には、こうした自己申告バイアスに留意が必要であることが示唆される。

震災直後にマスコミなどでは、被災地以外でも派遣切りや雇止めの問題が発生することを危惧する論調が目立っていたが、震災時に非正規雇用だったサンプルに限定しても、生産減少の上限の推計値の影響は有意でない。東日本大震災が被災地以外の雇用に与えた影響は限定的だったとみられる。