ノンテクニカルサマリー

日本の健康診断受診およびその効果に関する実証分析

執筆者 乾 友彦 (ファカルティフェロー)/伊藤 由希子 (津田塾大学)/川上 淳之 (東洋大学)/馬 欣欣 (一橋大学)/永島 優 (政策大学院大学)/趙(小西)萌 (学習院大学)
研究プロジェクト 医療・教育の質の計測とその決定要因に関する分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「医療・教育の質の計測とその決定要因に関する分析」プロジェクト

問題意識

健康診断が重大な病気の兆候の発見、予防に結び付くとするならば、健康診断の普及は疾患の早期治療等を可能とし、その重篤化を防ぎ、結果として社会全体の医療費の増加を抑えることが期待される。そこで政府は健康診断の普及に尽力しており、2008年度からは生活習慣病の早期発見と治療を目的にして、特定健康診査・特定保健指導を40〜74歳の公的医療保険加入者全員を対象として導入した。しかし、特定健康診査の受診率は2014年度で48.6%であり、目標の70%に遠く及ばない。本研究は、国民生活基礎調査の1995年から2013年の個票を使用して、(1)地域レベルのデータを使用した健康診断の普及要因、(2)個人レベルのデータを用いた健康診断の受診に影響を与える諸要因を明らかにし、また(3)特定健康診査制度の導入が、健康診断の受診率や健康状態、喫煙、ストレス、医療支出などに与える影響を検証した。特定健康診査制度の導入効果を分析する際、40歳から対象年齢になるという制度の特徴を利用して、回帰不連続デザイン方法(regression discontinuity design: RDD)により分析した。

分析結果

主な分析結果は以下の通りである。まず、地域レベルの分析結果より、地域の社会的・経済的要因(たとえば、1人あたりGDP、人口密度、平均年齢、性別比率、平均家族人数、教育レベル、医療保険)を考慮にいれても、健康診断受診率の地域間格差が残り、また時系列的にも健康診断の受診率の向上がみられない。次に、個人レベルの分析の結果から、個人の社会的・経済的要因(たとえば、年齢、性別、15歳以下の子供の人数、婚姻状況、家計所得、地域、年次)を考慮しても非正規雇用者の受診する確率が正規雇用者に比べて著しく低く、また国民健康保険加入者の受診率は、被用者保険加入者に比べて著しく低い。最後に、特定健診制度の導入が健康診断全般の受診率を高めたことが確認された(図1参照)。しかし、主観的健康状態の向上、健康行動(喫煙習慣)、医療費の支出などには明確な効果は確認されなかった。

図1:年齢階層別健康診断受診率(2013)
図1:年齢階層別健康診断受診率(2013)
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出所:厚生労働省「国民生活基礎調査」個票データに基づき計測。

政策インプリケーション

地域レベルの分析結果により、健康診断受診率の地域間格差が存在することが明らかになった。その理由は健康診断に関する実際の運営状況は地方自治体によって異なることが一因であろう。財政状況が厳しい地方と豊かな地方によって、地方自治体が健診制度を推進する状況が異なるものと考えられる。この問題に対応するため、政府は予防医療における地域間の格差を重視し、財政状況が厳しい地方への適切な補助政策を検討すべきであろう。

個人レベルの分析結果より、(1)非正規雇用者、国民健康保険加入者の場合、健康診断受診率が低いことが明らかになった。多くの非正規雇用者は国民健康保険に加入していると考えられる。そのため、今後健康診断を普及させるため、国民健康保険加入者をターゲットとする政策に取り組む必要があろう。たとえば、国民健康保険加入者にとって身近な診療所で健康診断に関する宣伝活動を行うことや地域・コミュニティ医療を活用して健康診断を推進すべきであろう。(2)労働時間や15歳以下の子の有無が健康診断の受診率に与える影響は性別によって異なる。特に長時間労働の男性、15歳以下の子を持つ女性で健康診断の受診率は低いことがわかった。長時間労働は労働者の心身の健康にマイナスの影響を与えていると考えられるため、長時間労働の男性従業員は健康診断を必ず受けるようにするべきである。また子を持つ女性の健康状態の確認は、子を持つ男性に比べて疎かになっていることから、健康診断受診を促進すべきである。そのため、今後企業が長時間労働者に対して健康診断受診のための休暇制度や、15歳以下の子を持つ世帯の被扶養者が受診しやすい制度などを更に検討する必要があろう。

特定健康診査制度の導入は、国民健康保険加入者や被用者保険の被扶養者を中心に健康診断全般の受診率を高めたことが確認された。特定健康診査制度の継続実施により、健康診断の受診率が上昇することが期待できる。ただし、分析結果より、2010、2013年の場合、特定健康診査制度の導入が主観的健康状態の向上、健康行動(喫煙習慣)、医療費の支出などに与える影響は統計的に確認されなかった。この点について、両者はそれぞれ同じ年度内の情報であり、特定健診の効果は短期的には捕捉できないことから、長期的な効果はまだ表れていない可能性がある。今後、特定健康診査制度に関する長期的効果を分析する必要がある。