ノンテクニカルサマリー

無形資産と外部資金調達

執筆者 細野 薫 (ファカルティフェロー)/滝澤 美帆 (東洋大学)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム (第四期:2016〜2019年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

近年においては、無形資産の重要性が高まっているにもかかわらず、無形資産と外部資金調達手段の選択の関係については、(R&Dを除いて)研究が乏しい。本研究では、企業レベルの無形資産データを用いて、無形資産と外部資金手段の選択の関係を分析した。

具体的には、2002年から2013年までの日本の上場企業のデータセット(NEEDS-Financial QUESTと経済産業省「企業活動基本調査」をマッチしたデータセット)を用いて、有形・無形資産の比率に関する企業の資産構造や企業属性が銀行借入、社債発行、株式発行に与える影響を分析した。我々はさらに、資金調達後の企業の投資行動についても資金調達手段別に分析した。

分析ではいくつかの仮説との整合性を検証した。
H1:無形資産比率が高い企業は、株式発行への依存度が高く、借り入れ・社債への依存度は低い
これは株式対負債に関連する仮説である。無形資産(R&Dストック、ブランド、ソフトウェアなど)は有形固定資産(不動産、設備、機械など)に比べて、情報の非対称性の問題(資産代替・過少投資・過大投資など)が深刻であり、担保価値が低い、あるいは測定が困難である。一方で企業の成長機会が豊富とも考えられる。そのためH1のような仮説が導き出される。
H2A:無形資産比率の高い企業は、借り入れへの依存度が高く、社債へ依存度が低い
これは銀行(およびノンバンク)が、情報生産の機能・インセンティブをもつという先行研究の指摘にしたがっている。一方で、
H2B:無形資産比率が高い企業は、社債への依存度が高く、借り入れへの依存度が低い
という仮説も導き出される。これは、銀行は情報を独占し、借り手のレントを収奪しようとするためとの考え方による。

以上の仮説に基づき、第1に、被説明変数を長短借入額、CP・社債、株式発行額の合計に占める、借入額、社債発行額、株式発行額の割合とし、説明変数を無形資産の有形資産に対する比率と企業属性(規模、収益性、成長性、デフォルト確率、レバレッジ、(財務上の)有形資産割合、経営者株式所有割合など)、産業ダミーおよび年ダミーとするTobitモデルを推計した。分析の結果、無形資産比率(対有形固定資産)の高い企業は、外部資金調達に占める株式発行の割合が有意に高いことがわかった。これは、上記H1仮説と整合的である

図表1:無形資産と資金調達手段の関係(本文表4より抜粋)
借入 社債発行 株式発行
係数 標準誤差 係数 標準誤差 係数 標準誤差
無形資産の有形資産に対する比率 -0.007 0.004 -0.004 0.005 0.014 0.007 **
注)**、***は5%、1%水準で有意であることを示す。

次に、借り入れ、社債発行、株式発行に関するProbitモデルの推計を行った。この結果、無形資産比率が高い企業ほど借り入れを行う確率が低下することが明らかになった。これは、上記H2B仮説と整合的である。

最後に、Probitの推計結果に基づく傾向スコアマッチングと差の差の検定(PSM-DID)を用いて、資金調達後の投資行動を分析した。この結果、借り入れを選択した企業は、非借入企業と比べて、資金調達後に無形資産投資を減らす傾向があり、この差は経済的にも有意であることが示された。無形資産以外の変数は、資本構成に関する主な既存理論――資本構成のトレードオフ仮説やペッキングオーダー仮説(前者は、負債による節税効果の現在価値と期待デフォルト・コストの現在価値を比較し、企業価値が最大になる負債比率が選択されるとする仮説。後者は、情報の非対称性によって経営者と投資家の間に生まれるエージェンシーコストが最も低い順に資金調達を行うとする仮説)、株式発行のマーケット・タイミング仮説(新規株式公開と同様、企業は株価がファンダメンタルズ価格を上回っているタイミングで株式発行を実施することにより、新規株主の犠牲のもとに既存株の価値を高めることができるとする仮説)、銀行のホールドアップ仮説(銀行によるホールドアップとは、銀行がモニタリングによって得た情報を独占することで、借り手に対して交渉力を強め、借り手の超過収益(レント)を奪うとする仮説)――と整合的な結果が得られた。

 

図表2は2002年度から2010年度における資金調達額(フロー)の割合を示している。これによると、借り入れが長期、短期合わせて70%と最も多く、次いで順に、CP・社債が27%で株式発行が 3%となっている。本研究の分析結果は、資本市場、特に日本においては資金調達額のシェアでは依然小さい株式市場の発展と無形資産投資の増加は補完的であり、一方の促進策は他方の発展・増加を促す可能性があることを指摘できる。

図表2:上場企業の資金調達額(フロー)内訳(2002年度〜2010年度)
図表2:上場企業の資金調達額(フロー)内訳(2002年度〜2010年度)
データの出所)NEEDS-Financial QUEST