ノンテクニカルサマリー

親会社の無形資産が海外現地法人の生産活動に与える影響

執筆者 細野 薫 (ファカルティフェロー)/宮川 大介 (一橋大学)/滝澤 美帆 (東洋大学)
研究プロジェクト 企業成長のエンジンに関するミクロ実証分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「企業成長のエンジンに関するミクロ実証分析」プロジェクト

日本企業の対外直接投資を通じた国際化が進展する中で、どの様な企業が対外直接投資を行うのか、対外直接投資は日本経済や個々の企業に対してどの様なフィードバック効果を持つのか、対外直接投資は現地ホスト国の経済や個々の企業に対してどの様なスピルオーバー効果を持つのか、といったさまざまな観点からの研究が蓄積されている(例:清田2015)。本研究では、こうした文脈における最も古典的な研究テーマである「対外直接投資(海外現地法人)のパフォーマンスは何によって決まるのか」という問題を再検討する。

海外現法のパフォーマンスの決定要因としては、当該現法に関するさまざまな属性(規模、社齢、現地調達比率など)のほか、「親会社からの技術移転」が注目されてきた(Urata and Kawai 2000; Belderbos et al. 2008; Sakakibara and Yamawaki 2008)。しかしながら、近年はこのような狭い意味の資源でなく、たとえば、海外現法を含む国際的な情報通信ネットワークの構築を目的として親会社が蓄積したソフトウェア資産や、海外現法が取り扱う製品・サービスに関して親会社の広告宣伝活動によって蓄積されたブランド資産といった、より広い概念の無形資産が海外現法の活動に対して何らかの貢献を果たす可能性が考えられる。本研究の特徴は、こうした問題意識から、既存研究が分析対象としてきた「親会社からの技術移転」を包含する概念として「親会社からの広義の資源移転」が海外現法の生産活動へ与える影響を分析するために、当該親会社の保有する無形資産(ソフトウェア、ブランド、研究開発)を計測し、その多寡が海外現法の生産活動にどのような貢献を果たしているのかを分析した点にある。

具体的には、日本所在の親会社3800社と海外現地法人2万社の情報を結合した長期(2000–2013年)のlinked-dataを構築したうえで、海外現法の付加価値を被説明変数とし、当該現法が投入した有形資産と労働に加えて親会社が保有する無形資産、有形資産、労働を追加の生産要素として用いた生産関数推定を行った(図1左図参照)。現地法人レベルの観察不能な異質性をコントロールしたこれらのパネル推定の結果から、親会社が国内で蓄積した無形資産が海外現法の生産活動に対して正の貢献を有することが確認された。また、親会社が保有するソフトウェア資産、ブランド資産、研究開発資産を個別に計測して分析に用いた結果から、ソフトウェアとブランド資産が海外現法の生産活動へ大きな貢献を有していることが確認された。これらの結果は、海外現法の生産活動を分析する際に、既存研究が注目してきた「技術移転」のみならず、親会社からの広義の資源移転を考慮する必要性を示唆するものである。

図1:分析の概要
図1:分析の概要

本稿で得られた結果は2つの重要なメッセージを含んでいる。第1に、海外現法の生産活動を評価する際、親会社からのこうした資源移転を十分に考慮しない場合(図1右下図)、結果として、海外現法のパフォーマンスを過大評価してしまう可能性がある。実際に、本研究で得られた結果を基にすると、海外現法の付加価値成長率のうち10%程度が親会社の保有する無形資産の成長率で説明される。同様の試算を海外現法の労働投入に関して行うと、その貢献度合いは9%程度であり、親会社から移転された資源が現法の経済活動に対して無視できないサイズの貢献を有していることが分かる。

第2に、親会社の無形資産投資を評価する際、親会社からの資源移転に対応した現法の付加価値増を十分に考慮しない場合(図1右上図)、結果として、当該無形資産の投資効果を過小評価してしまう可能性がある。実際に、親会社の無形資産ストックが一標準偏差分(2.22、対数値)増加した場合、海外現法の付加価値は0.206(対数値)増加する。これは親会社の付加価値の標準偏差の約27%に対応しており決して無視できる規模ではない。

本研究で得られた実証結果は、対外直接投資のパフォーマンスを決定する重要な要因として、親会社の蓄積した技術の海外現法への移転のみならず、ブランドやソフトウェアを含む、親会社による広義の無形資産蓄積とその移転が重要な役割を果たしていることを示唆している。日本企業の国際化が幅広い業種・企業で進む中で、対外直接投資から一層の成果を挙げるためには、これまで注目されてきた日本国内における研究開発資産の蓄積に加えて、日本国内における幅広い無形資産の適切な蓄積が重要となるだろう。

文献
  • 清田耕造 (2015)「拡大する直接投資と日本企業」NTT出版
  • Belderbos, R., B. Ito, and R. Wakasugi. 2008. "Intra-Firm Technology Transfer and R&D in Foreign Affiliates: Substitutes or Complements? Evidence from Japanese Multinational Firms," Journal of the Japanese and International Economies 22: 310-319.
  • Urata, S. and H. Kawai. 2000. "Intrafirm Technology Transfer by Japanese Manufacturing Firms in Asia," in The Role of Foreign Direct Investment in East Asian Economic Development, NBER-EASE Volume 9, 2000: 49-77.
  • Sakakibara, M. and H. Yamawaki. 2008. "What Determines the Profitability of Foreign Direct Investment? A Subsidiary-Level Analysis of Japanese Multinationals," Managerial and Decision Economics 29: 277-292.