ノンテクニカルサマリー

企業集積と企業間取引:Thick-Market Externalityの実証分析

執筆者 宮内 悠平 (マサチューセッツ工科大学)/宮川 大介 (一橋大学)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム (第四期:2016〜2019年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

交通ネットワークや情報通信網が発達した現代においても、経済活動の地域間格差は依然として大きい。実際に、日本企業の地理的分布をプロットしてみると(図1)、三大都市圏とそれ以外の地域との違いは明らかである。

図1:日本の企業密度分布
図1:日本の企業密度分布

こうした集積の牽引要因に関しては、Marshall (1890)が、(1)十分な規模と厚みを持った労働市場の存在による円滑な労働供給、(2)近接する企業間における知識のスピルオーバー、(3)産業間の投入―産出関係の強さ、からなる3つの候補を示唆してから多くの理論的・実証研究が進められている。特に、Ellison, Glaeser, Kerr (2010)やFujii, Nakajima, Saito (2015)といった先行研究は、特定の産業ペアの立地パターン(産業レベルの集積)に関して、アメリカおよび日本では(3)の要因が高い説明能力を有すると報告している。しかしながら、これらの研究は、企業の集積が上記(3)の文脈で具体的にどのようなベネフィットを企業に与え、結果として更なる企業の集積をもたらすのかを示したものではない。本稿では、これらの整理を踏まえて、「企業の地理的な集積が仕入先・販売先とのマッチングを円滑化する」(Thick market externality)という集積のベネフィットを実証的に検討する。

日本の100万社を超える企業間取引のデータを記録した東京商工リサーチの企業レベルのデータを用いた我々の分析から、Thick-market externalityを示唆する2つの事実が明らかになった。第1に、図2が示す通り、企業の地理的な密度と企業あたりの仕入先数および販売先数との間には強い正の相関がある。この相関関係は、産業や企業の規模を条件づけたうえでも確認される、頑健な結果である。

図2:仕入先数・販売先数と企業密度
図2:仕入先数・販売先数と企業密度

上記の結果はthick-market externalityの存在を示唆するものではあるが、他の可能性も考えられる。たとえば、企業密度が高い場所に立地する企業は生産性の高い企業であり、図2は高生産性企業が多くの仕入先や販売先にアクセス出来ている結果に過ぎないとの指摘もあろう。この説明を排除するために、第2に、(1)企業の参入に関する意思決定後に生じた予期しない仕入先の倒産に対して、(2)単に一般的な企業密度が高い地域ではなく、「退出した仕入先が属する産業」の企業密度が高い場合において、代替的な新規の仕入先と高い確率でマッチングしていることを確認した。この結果は、個々の企業にとって潜在的な取引先となり得る企業が高い密度で集積している地域において、企業間のスムーズなマッチングが実現されているというthick-market externalityの存在をより強く示唆するものである。

企業集積に関する地域間格差は、雇用機会や財・サービスへのアクセスに関する大きな格差に繋がることから、これまでもさまざまな政策的議論が進められてきた。注意すべきは、経済メカニズムを無視して各地域の状況を無理に均等化するような政策は機能しない可能性が高いという点である。企業集積の形成に際しては、何らかのメカニズムが背後で働いているはずであり、そうしたメカニズムを理解することなしに適切な政策立案を行う事は困難であろう。本稿で得られた分析結果は、潜在的な取引先が周辺に高い密度で存在することが、企業の立地選択を通じた集積の重要なドライバとなっている可能性を示すものであり、企業間の取引開始を円滑化するような政策的取り組み(例:マッチングサービス、企業データベースの整備)や、サプライチェーン上で中核的な役割を果たす産業への参入支援を進めることで、地域における高い企業集積が実現される可能性を示唆している。

なお、本稿では、企業密度がthick-market externalityを通じて企業間取引に与えるベネフィットを明らかにしたが、こうしたメカニズムによって現実の企業集積パターンがどの程度説明されるかを定量的に評価するには至っていない。この問いに答えるためには、取引関係のダイナミックな変化と企業参入の相互作用を含むモデルを構築し、「thick-market externalityを『仮想的に』取り除いた場合に、企業集積がどの程度変化するか」という反実仮想に基づいた思考実験が必要である。こうした分析は、また、特定の地域における特定の産業促進政策の効果を評価・予測する際にも有用である。本稿で得られた知見を踏まえた重要な課題として、引き続き研究を進めたい。

参考文献
  • Ellison, G. E. L. Glaeser, and W. R. Kerr. 2010. What Causes Industry Agglomeration? Evidence from Coagglomeration Patterns. American Economic Review 100 (3), pp. 1195-1213.
  • Fujii, D., K. Nakajima, and Y. Saito. 2015. Determinants of Industrial Coagglomeration and Establishment-level Productivity. RIETI Discussion Paper Series 15-E-077.
  • Marshall, A. 1890. Principles of Economics. London: MacMillan.