ノンテクニカルサマリー

人工知能技術の研究開発戦略:世界特許分析による実証研究

執筆者 藤井 秀道 (長崎大学)/馬奈木 俊介 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 人工知能等が経済に与える影響研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム (第四期:2016〜2019年度)
「人工知能等が経済に与える影響研究」プロジェクト

豊かで利便性の高い社会の構築に向けて、人工知能技術の開発が世界的に進められている。たとえば、米国では「The 2015 Strategy for American Innovation established nine high-priority research areas」の中に人工知能研究を目的としたBRAIN projectが含まれており、高い優先度で研究開発が進められている。また、我が国の技術開発方針として「第5期科学技術基本計画(2016-2020年)」において「超スマート社会」の実現に向けて人工知能技術の研究が注目されている。これらのように、今後拡大が予想される人工知能技術を活用した市場の国際的競争優位性の獲得を目指した取り組みが、各国で進められている。

ところで、人工知能技術と一言で述べても、その対象となる技術は多様である。表1は、人工知能技術に関する特許分類を表したものである。大きく分類すると、生物学的モデル、知識ベースモデル、特定の数学モデル、その他モデルの4つに分類できる。生物学的モデルは、人間の脳による学習方法を機械に適用したニューラルネットワークモデルや、遺伝子のアルゴリズムを応用した技術などが含まれる。こうした技術は人工知能が学習を進める上で重要な演算モデルである。知識ベースモデルは、大規模なデータから最適な解を探し出し提示する手法であり、エキスパートシステムに用いられる。

表1:人工知能技術の分類表
IPC 技術分類 主な技術
G06N3 生物学的モデル ニューラルネットワーク、遺伝アルゴリズム
G06N5 知識ベースモデル エキスパートシステム
G06N7 特定の数学モデル ファジー理論、カオスモデル
G06N99 他モデル 量子コンピューティング
出典:(1). US PTO Class 706 Data processing: Artificial intelligence
(2). Report on FY2014 Trend survey of patent application technology: Artificial intelligence (2016)

こうした異なる特性の人工知能技術が混在するなかで、その開発優先度は技術の活用によって期待されるビジネス機会や利益によって異なるといえる。従って、異なる研究開発の動機が存在する中で、効果的に研究開発促進に向けた政策を構築するためには、個別技術の特性を明示的に考慮する必要がある。こうした点を踏まえ、本研究では、人工知能技術に関連する特許取得数を、技術別、国別、出願者別、年別に収集し、各技術の特許取得数の増減要因分析を行った。特許取得数データに要因分解分析フレームワークを適用することで、どのような要因によって人工知能技術の特許取得数が変化したのかを、個別技術の開発優先度、人工知能技術全体の開発優先度、研究開発規模の3つの要因で定量的に明らかにする。

本研究では世界知的所有権機構のPatentscopeより特許取得数データの収集を行った。データ対象年は2000年から2016年に取得された人工知能技術特許1万3567件である。図1は、2000年から2016年にかけての人工知能技術特許取得数を出願先の国別・技術別に示したものである。図1より、2013年以降で大幅に特許取得数が増加していることが分かる。国別では、米国・中国での取得数が増加傾向にあり、技術別では4つの技術すべてで大きく増加傾向にある。

図2は要因分解分析の結果のまとめを表した図である。図2より、2000年から2012年にかけては知識ベースモデルが個別特許の優先度を含め、3つの要因が特許取得数を増やす要因に寄与している。生物学的モデルの個別特許の優先度は2000年から2012年にかけて減少しているものの、人工知能全体の開発優先度と研究開発規模の上昇により特許取得数が増加していることが分かる。

図1:人工知能特許の取得数の推移(件)
図1:人工知能特許の取得数の推移(件)
(注)PCTは特許協力条約(Patent Cooperation Treaty)に基づく国際出願

一方で、2012年以降では、個別技術の優先度は特定の数学モデルとその他モデルで大きく上昇しており、生物学的モデルや知識ベースモデルでは減少している。しかしながら、人工知能全体の開発優先度が大幅に上昇していることから、4つの技術すべてで大きく特許取得数を増加させていることが分かる。このように要因分解分析法を適用することで、特許取得数の増減要因を定量的に見える化することが可能である。こうした分析結果は、限られた予算の中で効果的に技術開発促進に向けた政策立案を進める上で、重要かつ有用な情報として活用が期待できる。

図2:特許取得数の要因分解分析結果(件)
図2:特許取得数の要因分解分析結果(件)
(赤い点が特許取得数の変化数、棒グラフの合計が赤い点となっている)