ノンテクニカルサマリー

日本の非伝統的金融政策のマクロ経済効果

執筆者 宮尾 龍蔵 (東京大学)/沖本 竜義 (客員研究員)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

問題の背景

2008年のリーマンブラザーズの破綻をきっかけとした世界金融危機以降、米国連銀や欧州中央銀行など主要な中央銀行は、大胆な金融緩和政策を実施しており、伝統的な政策変数である短期金利は実質的に0%と変わらない水準に設定されている。その結果、伝統的な短期金利を低下させることによる金融緩和政策の実施が不可能となり、大規模な資産購入など、いわゆる非伝統的な金融緩和政策が、主要な中央銀行で採用されるようになった。そして、世界金融危機が終焉した後も、その非伝統的な金融政策は、長期に渡り継続されていることが多い。日本に関しては、非伝統的金融政策の歴史はさらに長く、2001年に初めて日本銀行(日銀)により量的緩和政策が導入された。それ以降、2010年10月に包括的金融緩和政策が開始され、2013年3月には量的・質的金融緩和政策が導入されるなど、幾度となく拡張されている。

このように、非伝統的金融緩和政策は、幅広く採用されているものの、そのマクロ経済効果に関しては、懐疑的な見方も多い。たとえば、非伝統的な金融政策は、金融市場が大きな危機にさらされている時期には、一定の効果が期待できるものの、金融市場が落ち着きを取り戻せば、その効果は小さい可能性も指摘されている。また、非伝統的金融緩和政策のマクロ経済効果を明らかにするために、多くの研究が長期金利や資産価格などへの影響の実証分析を試みているが、未だに統一的な見解は得られておらず、包括的な分析を行うことが必要とされている。そこで、本稿では、近年のQQE(quantitative and qualitative monetary easing)に焦点を当てながら、日本の非伝統的金融政策の包括的なマクロ経済効果を評価することを試みている。

本研究の主な結果

本研究で得られた結果は次のようにまとめられる。まず、定型的なブロック・リカーシブ型の構造VARモデルを用いた分析によると、拡張的な非伝統的金融政策は、日本の実体経済とインフレ率を持続的に向上させ、明確なマクロ経済効果があったことが示唆された。また、QQE導入の効果を明らかにするために、QQEの時期を含めた場合と含めなかった場合で、非伝統的金融政策のマクロ経済効果を比較したところ、その効果は、QQEの導入以降、より大きくかつ持続的なものとなったことも確認された。QQEの導入以降、マクロ経済効果がより大きなものとなった原因の1つは、日銀の非伝統的金融緩和政策の積極性が大きく上昇した事が考えられる。より具体的には、QQE導入時、日銀はマネタリーベースを年間60兆円から70兆円のペースで拡大し、国債を年間50兆円のペースで購入することを決め、2014年の10月には、それらの額をさらに拡大している。したがって、日銀の非伝統的金融緩和の積極性の変化により政策効果が変化している可能性もあるので、その点を精緻に分析するために、平滑推移VARモデルを用いて、日銀の非伝統的金融緩和の積極性により、レジームを分割し、政策効果の比較も行った。

具体的には、非伝統金融政策の積極性を非伝統的金融資産の保有残高で計測し、非伝統的金融資産の保有残高でレジームの分類を行った。分析の結果、図1から見て取れるように、日銀が積極的な非伝統的金融政策を行っていると考えられるレジームに分類されたのは、福井総裁就任後の比較的活発な量的緩和政策が実施された時期ならびに、包括緩和政策の後半からQQEが行われた時期となった。また、各レジームにおけるマクロ経済効果を評価したものが図2と3である。図からわかるように、積極緩和レジームにおいては、非伝統的金融政策は実体経済とインフレを持続的に向上させる一方、非積極緩和レジームにおいては、持続的な影響は観察されず、上述の結果と整合的なものとなった。

政策的インプリケーション

本研究の結果、非伝統的金融政策は、実体経済やインフレに有意な効果があったことが示唆されたが、その積極性により効果が異なる可能性も示唆された。日銀は、2001年に量的緩和政策を実施して以降、包括的金融緩和、量的・質的金融緩和と非伝統的金融政策の積極性を強めてきた。本稿の結果は、同一のマネタリーベースの上昇でも、日銀が積極的に金融緩和を行っている場合と、そうでない場合で、マクロ経済効果が異なっていることを示しており、非常に示唆に富む結果である。

2017年3月の時点で、日銀が掲げる2%の物価安定目標は、まだ達成できておらず、日銀はマイナス金利や長期金利コントロールなどを導入しながら、QQEを継続している。本稿の結果から、それらの新たな金利政策の効果を評価することは難しいが、少なくとも積極性を維持しながらQQEを継続していくことは、一定の重要性があるといえるだろう。また、逆に、遠くない将来、出口戦略を考える際には、積極性をコントロールしつつ、非伝統的金融緩和政策の縮小を行うことにより、実体経済やインフレに与える影響を抑制できる可能性も示唆されている。もちろん、この点に関しては、金融緩和と金融引締めにおいてマクロ経済効果が対称的であるという前提が置かれているので、その点に非対称性を許した上で、マクロ経済効果を分析することは、今後の重要な課題であろう。

図1:積極緩和レジームの割合の推移
図1:積極緩和レジームの割合の推移
図2:積極レジームにおけるマネタリーベースショックのマクロ経済効果
図2:積極レジームにおけるマネタリーベースショックのマクロ経済効果
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図3:非積極レジームにおけるマネタリーベースショックのマクロ経済効果
図3:非積極レジームにおけるマネタリーベースショックのマクロ経済効果
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(注)図2と図3における点線は1標準誤差の範囲を示す。