ノンテクニカルサマリー

逆選択とモラルハザード:無担保貸出制度導入を用いた検証

執筆者 内田 浩史 (神戸大学)/植杉 威一郎 (ファカルティフェロー)/岩木 宏道 (日本学術振興会)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム (第四期:2016〜2019年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

本論文では、政府系金融機関による担保を必要としない貸出制度の導入に注目して、貸出市場でモラルハザード(貸し手が借り手の行動を把握できないために、借り手が非効率な行動をとる問題)と逆選択(貸し手が借り手に関する情報を十分に持たないために、質の低い借り手が市場に残る問題)のいずれが起きているのかを明らかにする。この問題を無担保貸出の効果の政策評価を通じて解明する。

問題は、理論上はメカニズムが異なり、現実にもその違いを区別することが重要な逆選択とモラルハザードを、データを用いて識別しにくい点である。これは、どちらの理論に基づく場合でも、有担保の借り手のほうが無担保の借り手よりも、事後のパフォーマンスが良いことが予想されるためである。

今回は、日本政策金融公庫中小企業事業本部(以下公庫中小事業と呼ぶ)がその前身の中小企業金融公庫時代に行った無担保貸出の導入に注目して、モラルハザードと逆選択の有無をそれぞれ検証するとともに、担保がこれらに起因する問題を緩和する程度を調べた。無担保貸出という制度は、中小企業に対する資金供給を促進するという政策意図を受け、他のほとんどの金融機関が有担保貸出しか提供していなかった2008年8月に公庫中小事業が導入したものである。それまでは有担保貸出しか利用できなかったものが、有担保と無担保との間での選択が可能となった結果、無担保貸出は件数・金額ともに公庫中小企業による貸し出しの半分程度を占めるに至った(図参照)。

モラルハザードの有無を検証するためには、制度変化の前後において有担保から無担保貸出にスイッチした借り手企業に注目する。逆選択の有無を検証するためには、無担保(有担保)を選択する余地があるにもかかわらず有担保(無担保)貸出を利用する借り手企業と、有担保(無担保)貸出以外に選択の余地がない企業との比較を行う。

分析結果は、モラルハザードの存在を示唆する結果が得られた一方で、逆選択については明確な結果は得られないというものであった。無担保貸出を利用するようになった借り手では、有担保貸出を利用し続けた借り手に比して信用リスクが増大して売上高の成長率も低くなっており、モラルハザードの存在を示唆している。無担保貸出も利用可能な状況下で有担保貸出を選択した企業は、他の選択肢が無い状況で有担保貸出を選択した企業と比べて信用リスクが低いものの、売上高成長率や収益性においては劣っていた。前者の結果は、逆選択の仮説と整合的である。一方で、担保資産を十分に持っているにもかかわらず無担保貸出を選択した企業は、担保資産不足のために無担保貸出を選択せざるを得なかった企業に比して信用リスクが低かった。この結果は、逆選択と矛盾している。全体として逆選択に関する結果は一貫しておらず、その存在の有無については明確に結論付けることができない。

無担保貸出を得た企業においてモラルハザードが観察されやすいという結果を踏まえると、公庫の貸し出しにおいて借り手の効率的な行動を促すためには、貸出前に質の高い借り手を選別するための努力を払うよりも、貸出後にモニタリングを通じて借り手行動を的確に把握することが重要である。また、政策評価の観点からは、モラルハザードの発生に伴うコストの一方で、無担保貸出を利用した企業による積極的なリスクテイクや投資行動といったベネフィットにも注目する必要がある。両者の定量的な比較は、今後の研究課題である。

図:公庫中小事業(中小企業金融公庫)の貸出額推移
図:公庫中小事業(中小企業金融公庫)の貸出額推移
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