ノンテクニカルサマリー

スピンオフ企業とスタートアップ企業による産業成長

執筆者 大山 睦 (一橋大学)
研究プロジェクト 企業成長のエンジンに関するミクロ実証分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「企業成長のエンジンに関するミクロ実証分析」プロジェクト

本稿の問題意識

長い期間にわたって成長し、新規参入を促す産業がある一方で、短い期間で成長が終了してしまう産業がある。たとえば、アメリカのタイヤ産業や自動車産業は参入のピークを迎えるまでに15年以上の年月を費やしたが、ペニシリン産業やテレビセット産業は10年もかからずにそのピークを迎えた。多くの産業が典型的なライフサイクルのパターンを経験することを考慮すると、産業成長の期間の長さにもあるメカニズムが存在すると推察できる。

産業の持続的な成長に影響を与えている要因は何であろうか。本論文では、参入に影響を与えるメカニズムについて以下の3つのリサーチクエスチョンを掲げ、工業統計を用いて実証分析を行っている。(1)産業におけるサブマーケットの創出と消滅は産業成長の期間の長さや参入率に影響を与えるのだろうか。(2)どのようなタイプの企業が新しく創出されたサブマーケットに参入するのか。(3)企業レベルと産業レベルでのビジネス機会の再配分に対する摩擦は参入のプロセスに影響を与えるのか。

本論文の特色は、産業がサブマーケットで構成されていると考え、創造的破壊のプロセスをサブマーケットの創出と消滅で捉えていることである。そして、創造的破壊のプロセスがどのように産業成長に影響を与えるのかをデータ分析で明らかにすることを試みている。先行研究の多くは、プロセスイノベーション(生産性の向上)と産業成長の関係について分析しており、プロダクトイノベーションと産業成長に関する実証研究は限られている。そのメカニズムを解明することは産業成長の源泉を明らかにすることであり、学術的に重要な研究課題である。また、いかに産業を持続的に成長させるかは、新産業の育成とともに重要な政策課題となっている。

主な結果

表1にリサーチクエスチョンに関する主な分析結果をまとめてある。リサーチクエスチョン(1)に関する実証分析の結果は、ある産業においてサブマーケットが創出され、かつ消滅すると、当該産業における参入は促され、成長が長い期間にわたって持続することである。創造的破壊のプロセスが産業成長の持続性に正の影響を与えていると考えられる。リサーチクエスチョン(2)に関しては、既存企業と比較して、スピンオフ企業やスタートアップ企業は新たに創出されたサブマーケットに参入しており、その創出プロセスに大きく関与していると推察される。リサーチクエスチョン(3)に関する実証分析の結果は、産業レベルでの摩擦が少ないと、参入率が大きくなることを示している。つまり、スピンオフ企業が既存企業によって追求されなかったビジネス機会を円滑に追求できる時に当該産業の参入は促されると解釈できる。この実証結果は、ビジネス機会の再配分の重要性を示唆している。

これらの結果から推察できることは、創造的破壊のプロセスは参入を促し産業を持続的に成長させ、スピンオフ企業やスタートアップ企業が主にそのプロセスを担っていることである。また、ビジネス機会の再配分がスピンオフ企業へとスムーズに行われている時に、産業成長が促進される。

本研究では工業統計調査を利用しているため、結果を解釈する際には以下の2点に注意する必要がある。1点目は、統計上における商品分類の改訂をもとにサブマーケットの創出や消滅を特定しているので、実際のサブマーケットの創出や消滅のタイミングとずれてしまっていることである。2点目は、事例研究では細かい商品分類が可能であるが(例:デスクトップパソコン、ノートパソコン、タブレット型パソコン)、本研究ではそのようなアプローチを採用することができず、商品分類内における差別化を捉えることができないことである。

表1:主な分析結果
表1:主な分析結果
注:*, **, ***は、それぞれ、10%、5%、1%で統計的に有意であることを示している。フリクションの変数は値が大きくなるほど、摩擦が小さくなる。

政策含意

シリコンバレーの半導体産業の繁栄において、スピンアウト企業やスピンオフ企業が果たした役割は大きいと考えられている。厳密にはスピンアウト企業とスピンオフ企業は異なるが、多くの共通点を持っており、スピンアウト企業の現象をスピンオフ企業に当てはめることも可能である(注1)。日本においてもスピンオフ企業を有効に活用して、産業を活性化させる政策が打ち出されている。ある特定の国、あるいは特定の産業での成功体験が他の環境でも成立するとは限らず、一般的なメカニズムの解明が重要となる。本研究では、工業統計という大規模なデータを用いて分析を行うことにより、スピンオフ企業に関する一般的なメカニズムの解明を試みた。本研究の結果は、スピンオフ企業は新しいサブマーケットや製品の創出に関わっており、スピンオフ企業がビジネス機会を有効に利用できる環境を整えることが産業を持続的に成長させるために重要であると示唆している。

脚注
  1. ^ スピンアウト企業は前従業員が元企業と同じ産業で新規設立した企業であり、設立後は元企業との関係が消滅する。一方、スピンオフ企業は現従業員が設立、または元会社から分離した企業であり、設立後は緩やかな形で元企業との関係を保つことになる。スピンアウト企業もスピンオフ企業も権限が移譲されるという共通点を持っている。