ノンテクニカルサマリー

企業の成長阻害要因としての中小企業政策

執筆者 鶴田 大輔 (日本大学)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム (第四期:2016〜2019年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

本論文は、中小企業政策が企業の成長するインセンティブを阻害しているのではないか、という仮説を法人企業統計の企業レベルのデータを用いて実証的に分析したものである。経済学の基本的な考え方によると、中小企業政策は、貸出市場の情報の非対称性の存在といった市場の失敗が存在するときのみに正当化されうる。しかし、Storey(2008)などによると、日本のみならず多くの国において、数多くの中小企業政策が採用され、市場の失敗が存在しなくても中小企業が優遇される傾向にある。個々の政策は企業成長を後押しする可能性はあるものの、手厚い中小企業政策は企業が中小企業の地位にとどまることのベネフィットを高めるため、企業の成長を阻害する可能性がある。

代表的な法定中小企業の要件を定めたものとして、中小企業基本法と法人税法がある。法人税法は資本金1億円以下を中小企業としている。中小企業基本法には資本金要件と従業員要件があり、要件の一方を満たせば中小企業としての要件を満たしたことになる。産業ごとに要件が異なり、1999年の中小企業基本法の改正により、資本金要件と一部の従業員要件が緩和された。具体的な要件については中小企業庁のホームページ(http://www.chusho.meti.go.jp/soshiki/teigi.html)などに記載されている。

以上の要件を満たす企業に対する代表的な優遇として、法人税法による中小企業への軽減税率があげられる。2017年3月において、大企業の法人税率は23.4%であるのに対して、中小企業への法人税率は15%(ただし、所得金額のうち年800万円以下の金額に対して)である。企業は資本金が1億円を超えるとこのような軽減措置を受けられなくなるため、資本金を1億円以下に保とうとするであろう。また、中小企業への金融対策として、公的信用保証があげられる。中小企業基本法の要件を満たしていれば、信用保証協会の保証付き融資の申し込みが可能になり、金融機関から融資を受けやすくなる。資金繰りが悪化する金融危機時において、過去に特別信用保証や緊急保証といったショック時の保証プログラムが創設されることから、これらを利用できることは、企業にとってショックの影響を緩和するために重要であろう。

このほかにも日本においてはさまざまな中小企業向けの政策メニューが存在し、それらが中小企業の経営の安定化に対してプラスの影響を与えている可能性があるものの、先述したように中小企業の成長のインセンティブを阻害している可能性もある。本論文は阻害要因を明らかにするために、以下の分析を行った。

まず、資本金増加確率に対する資本金レベルの影響をシンプルな回帰分析により明らかにした。図1は個別の企業属性をコントロールしたうえで、資本金1000万円以下の企業と各資本金区分の企業の資本金増加確率の差を示したものである。図1は資本金区分(横軸)ごとの資本金増加確率(縦軸)を示している。資本金1億円以下においては、資本金増加確率の差がマイナス、もしくはゼロ近辺であるのに対して、資本金区分が1億円を超えると資本金増加確率が大きく上昇する。また、資本金が1億円以下のみに注目すると、資本金が5000万円を超えた区分では資本金増加確率のマイナス幅が小さくなる傾向があるものの、9000万円超1億円以下の区分では再びマイナス幅が大きくなる。この傾向は企業が法人税法や旧中小企業基本法の一部の資本金要件である資本金1億円に近づくほど資本金を増加させないことを示しており、企業が中小企業の要件を維持するために資本金を増加させないことを示唆する。

次に、本論文では1999年の中小企業基本法改正に伴う資本金要件緩和を利用した差分の差分法(Difference-in-differences)により、中小企業基本法の資本金要件が資本金増加への制約となっていることを示した。具体的には製造業他(卸売業、小売業、サービス業以外の産業)においては、資本金要件が1億円から3億円に緩和されたのに対し、卸売業においては資本金要件が3000万円から1億円、小売業・サービス業においては資本金要件が1000万円から5000万円といった異なる改正が行われた。これらの異なる政策変化を利用して、3種類のトリートメントグループ(製造業他、卸売業、小売業・サービス業)を設定し、それぞれの資本金要件の変化(1億円から3億円の変化、3000万円から1億円の変化、1000万円から5000万円への変化)の影響を分析した。分析の結果、資本金要件の緩和は資本金増加確率に対して有意に正の影響を与えることが明らかになった。また、基本法改正以前において、旧資本金要件の上限に近づくほど資本金増加確率が低かったものの、基本法改正以降においてはこの傾向が弱まっていた。これらの結果は中小企業基本法による資本金要件が、資本金のレベルに対して有効な制約となっていたことを示唆する。

最後に企業の資本金増加は総資産増加率で測った企業成長を促進することを明らかにした。この結果は企業が法人税法および中小企業基本法の資本金要件により、資本金レベルが維持されると、企業成長が阻害される可能性を示唆している。特に、負債比率が高い企業、ボラティリティが高い企業といった自己資本調達を必要としている企業において、この問題は深刻である。

以上のように、企業は法定中小企業の要件を満たすために、資本金のレベルを維持し、企業成長を遅らせる傾向がある。これらは手厚い中小企業政策はかえって中小企業政策の目的の1つである、企業成長を遅らせる一因になることを示唆する。今後は法定中小企業から卒業した企業に対し、何らかのベネフィットになるような政策を講じることが必要であろう。また、公的なサポートが必要とならない企業に対する政策を見直していくべきである。たとえば、金融機関とのリレーションシップを十分に構築し、資金調達をスムーズに行える中小企業に対しては徐々に保証割合を下げる、といった措置も必要である。

図1:資本金区分別の資本金増加確率
図1:資本金区分別の資本金増加確率
参考文献
  • Storey, D. J., 2008. Entrepreneurship and SME policy, World Entrepreneurship Forum 2008 Edition.