ノンテクニカルサマリー

稲作における生産の効率性と田の耕地利用に関する研究:米生産費統計のパネルデータによる実証分析

執筆者 小川 一夫 (大阪大学社会経済研究所)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム (第四期:2016〜2019年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

わが国の米の需要量は趨勢的に減少している。米の年間1人あたりの年間消費量は、1962年度をピークに一貫して減少傾向が続いている。需要量の減少傾向を受けて、ほとんどの年について主食用米の生産量が需要量を上回る超過供給の状況にある。

このような慢性的な超過供給の状況を背景にして、政府は主食用米の生産から大豆や麦への転作、そして飼料用米をはじめとする新規需要米への転換を促してきた。しかし、主食用の米から他の作物へと転作が進んだとしても、主食用の米を生産する担い手が非効率な生産者であるならば、米の価格が維持される限り、国民に大きな税負担が発生することになる。

本研究では、農林水産省『米生産費統計』のパネルデータを使用して生産の効率性という視点から米作農家の行動を実証分析した。生産の効率性とは、種々の生産要素を無駄なく投入して生産を行っている状態を示している。土地、労働、資本ストック、原材料の4つの生産要素からなる非効率性を考慮に入れた生産関数を推定して、生産の非効率性指標を求め、その情報に基づいて非効率な稲作生産者を識別した上で、非効率な稲作生産者と効率的な稲作生産者の行動特性を比較した。

その結果、非効率な稲作生産者ほど、
1)10a当たり利潤、所得が低く、借入残高や助成金が大きい
2)土地生産性、資本生産性、労働生産性ともに低い
3)零細な区画の圃場を多く保有し、比較的大規模な区画の圃場を所有する割合が小さい
4)田の稲作としての耕地利用率が低い
ことがわかった。

また、非効率な稲作生産者は、労働投入の調整が遅く、賃金の変化に対して長期的にも労働の調整が進まず、労働投入が硬直的であることがわかった。さらに、田の耕作面積のうち、どれだけを米の生産に利用するのか、米の作付面積の決定要因について分析を行った。狭い区画の圃場面積の割合が高い生産者ほど、田の稲作としての耕地利用率を低下させるが、その効果は効率的な生産者ほど大きいことがわかった。

図:土地生産性のヒストグラム
図:土地生産性のヒストグラム

わが国では、1993年に成立した「農業経営基盤強化促進法」の下で、経営規模拡大の目標、農業経営の合理化を推進する農業者は認定農業者と認定され、農業の担い手の役割を期待されている。われわれは、認定農業者がどのように稲作に取り組んでいるのか、その特徴についても実証的に明らかにした。本来経営規模拡大をめざし、農業経営の合理化が求められる認定農業者ほど、稲作としての耕地利用率を低下させて転作を進めており、しかも、その効果は効率的な認定農業者ほど大きいことがわかった。効率的な認定農業者は、稲作への耕地利用率を6.5%低下させるのに対して、非効率な認定農業者の低下幅は、3.1%にとどまっている。

米の需要が傾向的に減少している中で、慢性的な米の供給過剰な状況を改善させるべく、政府は主食用の米から飼料用米や麦、大豆といった他の作物への転換政策を進めてきた。このような稲作の生産調整政策が本来の目的を達成するためには、効率的な生産者が米の生産に従事して、生産性向上によって米の生産費を削減し、非効率な生産者は主食用の米から速やかに飼料用米や他の作物への転作を図らなければならない。しかし、現実は逆に効率的な認定農業者ほど稲作からの転換を進めており、このままいくと稲作の生産性のさらなる低下が懸念される。このような事態を回避するためには、効率的な稲作生産者が稲作を拡大し、非効率な生産者が稲作から退出し転作を行う誘因をもった制度設計が必要となるのである。