ノンテクニカルサマリー

自然災害:日本企業の財務的準備

執筆者 澤田 康幸 (ファカルティフェロー)/眞崎 達二朗 (眞崎リスクマネジメント研究所)/中田 啓之 (上席研究員)/関口 訓央 (コンサルティングフェロー)
研究プロジェクト 大災害に対する経済の耐性と活力の維持に関する実証研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究 (第四期:2016〜2019年度)
「大災害に対する経済の耐性と活力の維持に関する実証研究」プロジェクト

本研究では、国内の自然災害に対する日本企業の保険加入率が低く留まっている原因を探ることを目的として、企業に対して独自のアンケート調査を行い、そのデータを元に災害リスク認知・保険加入・リスクファイナンス方法決定要因に関する分析を行った。より具体的には、経済産業研究所(RIETI)が2015年に実施した、「企業向け災害保険に対する需要決定要因に関する調査」と呼ばれる災害へのリスクファイナンスに関する大規模な調査のデータを用いた。

「データについて」

この調査は全ての上場企業を含む総資産額上位1万社の日本企業を対象とし、そのリスト全体について、各都道府県をグループとした層化無作為抽出法を適用して調査対象企業を決定した。調査対象企業の選択に当たっては、東京や大阪といった規模の大きい都道府県にはより小さな重みづけを行い、1717社に対して実際の調査を実施したが、このうち44.78%が零細・中小企業、55.22%が中堅・大企業であった。

次に、これらの独自調査データと帝国データバンクCOSMOS1から取得した企業データベースとをマッチさせた。この帝国データバンクCOSMOS1は企業信用調査から正確かつ信頼できる企業情報を集めたデータベースであり、日本におけるこの種類の調査の中でも最も広範にわたる項目をカバーしているデータである。特に、このデータベースは貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書、キャッシュフロー計算書などの詳細な財務状況と、本社所在地や業種、従業員数等の企業情報を含んでいる。そのため、企業の特性がどのように潜在的な自然災害の特定、BCP(事業継続企画)やBCM(事業継続マネジメント)の策定、災害保険への加入、リスクファイナンス方法の決定に結びついているかを探るためにはもっとも適したデータベースであると考えられる。

「データの特徴」

本調査により収集されたデータによると災害保険への加入率はそれぞれ、中堅・大企業は59.5%、零細・中小企業は47.0%であった。記述統計によれば、大半の企業が潜在的に重篤な被害を与えうる災害を事前に特定化しているものの、具体的な被害額の規模についての想定には改善の余地があること、災害リスク管理に関する経営層のコミットメントと具体的なBCP・BCMについては、約半数の企業のみで定められているに過ぎないこと、災害保険は加入率が比較的制約されている一方、保険加入の場合でもそのカバレッジが財産保険に偏重していることがわかった。

想定されているリスクファイナンス行動については、企業規模に関わらず、「自己資本(自己金融)」と「銀行融資」の組み合わせ、あるいは「災害保険」と「自己資本」の組み合わせが、自然災害による損失とかかるキャッシュフロー不足に対処するための方法として最も多い。これは災害による潜在的な損失に対する自己資金の役割を「過信」する傾向を示唆していると考えられる。

他方、災害保険未加入の理由としては知識の欠如と保険料の高さが挙げられており、企業活動や経済全体に大きく影響する自然災害に対してフォーマルな保険メカニズムを拡大することは必要不可欠である。

「分析結果と含意」について

さらに本研究では、「BCP・BCM策定」の決定要因、「最も重篤な災害への損失補填方法1位が保険であること」の決定要因を探るため、上記企業レベルのデータを用いた回帰分析を行った。代表的な分析結果は表1にまとめられている。第1に、「BCP・BCM策定」の決定要因については、リスク管理において経営層のコミットがあること、CSR報告書などにリスク管理の文言があること、そして災害損失の最も重要な補填方法として自己資金を設定している企業がよりBCP・BCMを策定している傾向にある。他方、社是・社訓にリスク管理の文言があるか不明であったり、社是・社訓がない企業ではBCP・BCMを策定しない傾向にある。

第2の分析結果として、最も重篤な災害への損失補填方法1位が保険となる傾向がある企業は、災害リスク管理の中心が経理部門であり、過去に台風の被災経験があり、社是・社訓にリスク管理の文言が含まれている企業である。業種としては製造業・不動産業・小売業・サービス業・運送業などが特に含まれる。一方、保険を災害損失の補填に用いない傾向があるのは、地震リスクが中程度の地域に存在し、社是・社訓にリスク管理の文言があるか不明であり、特に鉄鉱業でその傾向が強い。

以上の分析結果は、日本企業においては、BCP・BCMの策定とリスクファイナンスが必ずしも連動していないことを示している。そのため、経営層の災害リスク管理や災害保険への認知やコミットメントを改善するような介入を通じて、BCP・BCMを土台としつつリスクファイナンスを促進させる政策の重要性を浮き彫りにするものといえよう。

表1:「BCP・BCM策定」「最も重篤な災害への損失補填方法1位が保険であること」において10%水準で統計的に有意な代表的決定要因
「BCP・BCM策定」の決定要因
プラスに寄与 リスク管理において経営層のコミットがある
CSR報告書等にリスク管理の文言あり
災害損失補填方法一位が自己資金
マイナスに寄与 社是・社訓にリスク管理の文言があるか不明(ないしは社是・社訓がない)
「最も重篤な災害への損失補填方法1位が保険であること」の決定要因
プラスに寄与 災害リスク管理の中心が経理部門
台風の被災経験がある
社是・社訓にリスク管理の文言がある
業種が製造業・不動産業・小売業・サービス業・運送業
マイナスに寄与 地震リスクが中程度の地域に存在
社是・社訓にリスク管理の文言があるか不明
業種が鉄鉱業