ノンテクニカルサマリー

発展途上経済における汚職、市場の質および参入規制

執筆者 Krishnendu Ghosh DASTIDAR (Jawaharlal Nehru University)/矢野 誠 (所長)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果

Dastidar and Yano (2017, RIETI DP 17-E-010) は論文の性格上、理論的構造だけに焦点を当てて書かれているが、経済学的・政策的にも、市場の質理論にもとづいた強い意味合いを持つ。そこで、このサマリーでは、経済学・政策の側面から論文を解説する。
矢野の市場の質理論は、
「現代経済では、健全な発展成長のためには、高質な市場が不可欠である」
「高質な市場の担保には、ルールや法律など、適切な市場インフラの形成が不可欠である」
という2つの基本命題の上に成り立つ (Yano (2009, 2010))。本論文は、発展途上経済における汚職と経済成長の関係の視点から、これらの基本命題を理論的に検証することを目的としている。

市場の質理論では、市場の質が資源配分の効率性と取引過程の公正性という2つの指標を総合したものとしてとらえられる。資源配分の効率性というのは、言うまでもなく、いかに無駄なく資源が利用されるかという程度のことであり、過去の経済学の中心的テーマの1つである。他方で、取引過程の公正性というのは、矢野 (2007) やYano (2008, 2009, 2010) で始めて導入された新しい概念で、市場競争に課せられたルールや法律が、市場の有効活用を可能にする程度のことであるとされる。この意味で、取引過程の公正性はルールや法律のデザイン自体にも依存するし、ルールや法律の遵守に関わる制度や人々の意識にも依存する。市場による資源配分の効率性の低下が経済成長を阻害することは、さまざまな既存研究において指摘されてきた。他方で、取引過程の公正性が技術革新や経済成長に及ぼす影響を考えた研究はこれまで存在しない。

法制度と技術革新に関する市場の質のダイナミックス
法制度と技術革新に関する市場の質のダイナミックス

本研究は、特にインド経済を念頭におき、発展途上経済での汚職と新規参入規制との関係から、技術革新の体化の問題を捉えるもので、市場の質理論の基本命題の検証に正面から挑むものである。汚職は明らかに公正性を損ない、その横行は市場の質を低下させる。既存企業が、わいろなどによって政府に参入規制を働きかけ、参入障壁を高めることができるならば、資源配分の効率性にも影響を与える。

本論文では、汚職が技術革新を阻害し、経済の活力を奪う可能性が、不完備情報ゲームにおけるベイジアン・ナッシュ均衡を使って、説明される。具体的な研究内容を説明するためには、本論文が基づくモデルを紹介する必要がある。論文では、水平的製品差別が行われる複占市場に着目し、汚職と参入規制の関係について、三段階ゲームによって分析する。新規企業は既存企業と比べ、より良い技術が採用できると仮定される。この仮定により、わいろが企業の新陳代謝を遅らせ、非効率性を生み出す可能性がモデルに導入できる。既存企業はわいろによって政府を動かすことで、参入規制を強め、技術の新陳代謝を遅らせることができると仮定される。さらに、わいろの有効性は市場を支配する公正性に依存する。公正性の意識が高ければ、わいろの効果は薄く、公正性が低ければ、わいろの効果は高いと仮定される。

第一段階では、既存企業がわいろの大きさを決定する。先進経済を考える場合には、わいろはロビー活動の大きさのようなものと見ることもできる。より大きなわいろが払われると、政府はなんらかの手法で新規企業の可変費用(限界費用)を高め、参入を困難にすると仮定される。次に、第二段階として、新規企業が市場に参加するか否かが、参入後に期待される利潤との関係で決定される。わいろが支払われなければ、新規企業の技術の方がすぐれているので、新規企業は必ず参入する。しかし、わいろが支払われる場合、規制によって可変費用が高まり、必ずしも参入を選択しない場合もある。第三段階では、クルノー競争を通じて均衡が形成され、既存企業と参入企業の利潤が決定される。参入が行われない場合には、既存企業は独占利潤を得ることができる。

以上のような設定のもとで、既存企業が新規企業の技術革新の程度を完全に把握できない場合とできる場合の2つの状況に分けてモデルが分析される。主要な結果は以下のとおりである。もし、市場の公正性が十分に高いならば、どちらの場合であっても、既存企業が全くわいろを支払わないような均衡が形成される。つぎに、公正性が中程度のレベルの場合、均衡ではわいろが支払われるが、新規参入を全く阻んでしまうことはない。このケースでは、新規企業の技術革新に伴う不確実性の高まりが参入障壁を低下させる結果が導かれる。この結果はMaskin (1999) とも類似したもので、新規企業の技術革新における不確実性の増加が、新規参入による既存企業の損失を低下させるためである。最後に、市場の公正性が十分に低い場合には、既存企業は十分な大きさのわいろを支払うことで、新規参入を完全にブロックすることになる。

本論文は、公正性という概念を汚職とわいろによってとらえ、ルールのデザインと順守の程度が技術革新の程度に影響することを示す。発展途上国だけでなく、我が国やアメリカのような先進諸国でも、違法であったり、かならずしも違法でなくても、社会的には容認しにくい政治的手段によって、参入規制の導入が図られることが多い。そうした活動は技術革新を遅らせる可能性が高いので、公正性の観点でみた市場の透明性を高めることは経済成長にも大きく寄与する可能性があるということができる。

本論文の結果に基づいて先進経済を考える場合には、論文では、政府活動の積極的な意義が無視されていることに注意が払われるべきだろう。反トラスト法における合理の原則などが想定するように、どんな活動にも正の側面と負の側面がある。それは政府の活動についても同じである。特定の政府活動を排除すべきか、積極的な意義を認めるべきか、という疑問の答えは先見的には明らかではない。この間の線引きも不完全情報の影響を受けており、それを考慮に入れた分析と制度設計が望まれる。

文献
  • 1. Maskin, E.S. (1999) "Uncertainty and entry deterrence", Economic Theory vol. 14, pp. 429-437.
  • 2. Yano, M., (2008) "Competitive Fairness and the Concept of a Fair Price under Delaware Law on M&A," International Journal of Economic Theory 4-2, 175-190.
  • 3. Yano, M., (2009) "The Foundation of Market Quality Economics," The Japanese Economic Review 60-1, 1-32.
  • 4. Yano, M., (2010) "The 2008 World Financial Crisis and Market Quality Theory," Asian Economic Papers 9-3, 172-192.
  • 5. 矢野 誠 (2007)、「市場と市場競争のルール」、『法と経済学』、矢野編、東京大学出版会.