ノンテクニカルサマリー

小さな(大きな)本社は望ましいのか?

執筆者 宮島 英昭 (ファカルティフェロー)/小川 亮 (早稲田大学)/牛島 辰男 (慶応義塾大学)
研究プロジェクト 企業統治分析のフロンティア:リスクテイクと企業統治
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究 (第四期:2016〜2019年度)
「企業統治分析のフロンティア:リスクテイクと企業統治」プロジェクト

企業が成長することの弊害として、本社部門の肥大化がしばしば指摘される。実際、企業の組織再編においては、「小さな本社」の実現が重要な課題とされることが多い。しかしながら、本社の規模が企業の経営とパフォーマンスにどのような影響を及ぼすのかは明らかではない。本研究は企業活動基本調査のマイクロデータを用いることで、日本企業における(1)本社規模の決定要因、(2)本社の肥大化傾向の有無、(3)本社規模が企業価値に及ぼす効果を分析するものである。サンプルは2001年〜2010年に株式公開しており、データに問題がなく、企業活動基本調査とマッチング可能な全ての企業(金融機関を除く)である。本社規模は本社部門従業員の連結従業員数に占める比率で計測する。企業活動基本調査のデータを用いて日本企業の本社機能を分析した先行研究としては、Morikawa (2015)がある。同研究が中小企業を含む広範な企業を分析対象としているのに対し、本研究は多角化企業をはじめとする大企業の本社部門の役割と業績効果に特に注目していることに特徴がある。

下図はサンプル企業を連結従業員数で5分位に分割し、本社規模の平均と中央値を示したものである。図から明らかなように、企業規模が大きくなるにつれて、組織に占める本社部門の相対的なウェイトは低下する。すなわち、企業の成長が本社部門の膨張を招くという傾向は一般には見られない。コーポレートガバナンスと本社規模の関係からも、同様な示唆が得られる。本社部門が過度に大きくなる傾向があるならば、そうした傾向は経営の規律付けが弱い企業で強いものと考えられる。実際に観察されるパターンは逆であり、ガバナンスの良い企業ほど平均的な本社規模は大きい。その他の要因が本社規模に及ぼす影響も、本社部門に肥大化の傾向があることを示すものではない。

図1:連結従業員数に占める本社部門の比率
図1:連結従業員数に占める本社部門の比率

回帰モデルにより本社規模が企業価値に及ぼす効果を推計すると、有意なプラスの効果が、特に多角化企業において強く観察される。ただし、本社規模と企業価値に共通して影響する要因を企業固定効果によりコントロールすると、相関は大幅に弱まり、多角化企業については消えてしまう。このことは、企業価値向上のために大きな本社が必要とされる側面がある一方で、本社が大きくなることによる弊害も存在すること、そうした弊害が多角化企業で特に大きいことを示唆している。そこで、多角化企業の重要な特徴である内部資本市場に注目すると、事業間の資金フローの効率性と本社規模の間には強い負の相関が観察される。この結果は、大きな本社が事業部門の自律性を低め、競争原理に基づく効率的な資金配分を妨げるという見解と整合的である。また、事業間の資金配分の歪みが企業業績の低下をもたらしている場合、本社部門のスリム化が改善策となりえることも示している。

本研究の結果は、望ましい組織の姿は一意に存在するものではなく、企業の戦略に応じてさまざまであることを示唆している。多様な戦略・組織を持つ企業間の競争を通じて産業や経済が活性化するためには、企業が組織選択において十分な自由度を持つことが必要である。企業の組織再編においては、分社や事業分割による企業の枠組みの改編や従業員の処遇などをめぐって、さまざまな摩擦が発生する。そうした摩擦を軽減するための政策や制度の整備は、経済の成長力を底上げするためにも重要である。