ノンテクニカルサマリー

東京証券市場における異質的な投資家行動とボラティリティ

執筆者 木村 遥介 (東京大学)
研究プロジェクト 持続的成長とマクロ経済政策
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム (第四期:2016〜2019年度)
「持続的成長とマクロ経済政策」プロジェクト

本稿は、異なる投資家部門、すなわち個人投資家、機関投資家、海外投資家のように分類される投資家部門の行動と株価のボラティリティとの関係を分析するものである。株価の変動と取引行動の関係に関する分析は広く行われてきた。たとえば株式の取引量である出来高や取引頻度とボラティリティの間には、正の相関が存在することが確かめられている。本稿の目的は、株式市場の出来高のように市場全体の取引行動を記述する指標に加えて、それぞれの投資家部門の異質的な行動とボラティリティとの間にどのような関係が存在するかを分析することである。

我々は投資家の行動を(1)購入額と売却額の差である買越額と、(2)総売買代金における各部門の取引シェア、として定義し分析した。図1には、各投資家部門の買越額の変動が示されている。図からわかるように、それぞれの投資家部門は異なる取引行動を行っている。

これらの指標と株式リターンとの相関を調べることで、どちらの指標においても国内投資家と海外投資家は異質的な行動をするという結果が得られた。すなわち、海外投資家は株価が上昇しているときに株式を買い越し、国内投資家は売り越している。また、海外投資家は価格が下落しているときに、より活発に取引を行う。

海外投資家の取引行動に着目して、ボラティリティとの同時点での関係を分析すると、ネットの売買代金との間には負の相関が存在し、取引シェアとの間には正の相関があるという結果が得られた。すなわち、海外投資家が買い越しているときは、ボラティリティが低下し、また海外投資家の行動がより活発になるときには、国内投資家とのバランスが変化し、株価は大きく変動すると考えられる。またボラティリティと過去のリターンとの間の負の相関(asymmetric volatility)を、海外投資家の行動を考慮して分析した結果、この負の相関は、リターンと取引行動の相関によって説明されることがわかった。

日本の株式市場では、海外投資家のプレゼンスが増大してきた。海外投資家は国内投資家と比べて、頻繁に売買を繰り返している。高頻度取引が行われることは、通常時には流動性を上昇させることから、ボラティリティの低下に貢献するといわれている。その一方で、株価の高騰や急落のような異常な価格変動を引き起こす可能性も指摘されてきた。海外投資家の株価下落時により高い頻度で売り越すという取引動向は、流動性を低下させボラティリティを上昇させている可能性がある。

株価の高騰や急落のような不安定な値動きを抑制するためには、どのようなことが必要であろうか。選択肢の1つとして金融取引税がある。金融取引税は、投機によるボラティリティ上昇の抑制のために欧州の一部で導入されている。特にフランスでは、高頻度取引に伴う注文のキャンセル・変更が注文件数の大部分を占める場合にも課税される。この高頻度取引に対する課税によって、高頻度取引がもたらすボラティリティの上昇を抑制することが期待される。しかしながら、高頻度取引によって生み出される市場流動性が低下し、結果としてボラティリティが上昇する可能性も存在するため、その課税がどのような影響を市場に与え得るかについて十分な検討が必要である。

図1:各投資家部門の売り越し額(日本取引所グループより作成)
図1:各投資家部門の売り越し額(日本取引所グループより作成)