ノンテクニカルサマリー

地方自治体職員から見た地方創生の現状と課題-産業振興行政担当者に対する意識調査の概要-

執筆者 小川 光 (東京大学)/津布久 将史 (名古屋大学)/家森 信善 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 地方創生に向けて地域金融に期待される役割-地域経済での雇用の質向上に貢献するための金融を目指して-
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「地方創生に向けて地域金融に期待される役割-地域経済での雇用の質向上に貢献するための金融を目指して-」プロジェクト

我々は、これまで地域中小企業や地域金融機関からみた地方自治体の地域振興について調査してきた。しかし、地方創生政策のもう一方の「主役」は地方自治体のはずである。したがって、地域金融機関側の分析に加えて、地方自治体の側からの分析を行うことによって、地域創生の取り組みの全体像をとらえることが可能になる。そこで、我々は、2016年2月に、地方自治体の産業・商工振興担当者に対する意識調査を実施し、500名から回答を得ることができた。

本アンケート調査では、地方創生に取り組む地方自治体の現状と課題について、以下の3つの観点からの接近を試みた。第1に、どのような職員が実際に地方自治体の産業・商工振興担当を担当し、これまでの地域振興にかかる施策をどのように自分自身で評価しているのかという点である。第2に、国が新たに進めている地方創生に関わる施策を実際に策定し、実施する立場にある産業・商工振興担当者が、現状の地方創生の動きをどのように評価し、どこに課題があると考えているのかという点である。第3に、地方創生施策を円滑にかつ効果的に実施するために不可欠な自治体と地域金融機関との連携をどのように評価し、実効性の高い連携として強化するためにどのような課題に直面しているかという点である。本稿は、その調査結果を報告することを目的としている。

ここでは、本稿で得られた政策含意のうち特に重要だと思われるものについて紹介する。

まず、産業・商工振興を担当する職員が、地方・都市部にかかわらず、地域振興に関わるこれらの業務にやりがいを持って取り組んでいる姿が浮き彫りになった。産業・商工業務を担当する自治体職員の約80%が仕事にやりがいがあると回答している。これは、地方創生の取り組みにとって良いニュースである。しかしながら、自らが担当する(もしくは担当した)産業・商工振興の施策が総合的にみて平均的な水準よりも劣っていると感じている割合は25%ほどであるが、規模の小さな町村での値は50%超であった。つまり、業務としてのやりがいを感じつつも、実際の政策内容および政策効果に対する自己評価が低いというギャップが、小さな自治体で顕著に現れている。このギャップの理由としてアンケート結果から浮かび上がってくるのは、業務担当者の金融・経済に関する知識の不足、企業支援のノウハウと担当人員の不足、地元企業の実情を理解できていない点などである。これらの課題を解決するためには、たとえば、一部の自治体で実施しているように、自治体と民間企業の間での人事交流を促進することや、不足している分野の人材を積極的に中途採用することなどの地方自治体の人事政策の刷新が求められる。

地方創生を進めるにあたっては、地域経済分析システム(RESAS)を活用した地域課題の把握が求められているが、商工産業政策の担当職員でもRESASを「知らない」という回答が4割強となっており、地方版総合戦略が十分な計数的な分析に基づいて作成されているのかを心配させる結果となっている。とくに、小さな自治体では担当者の専門性が弱く、こうした分析を行うのが難しいと考えられる。それを補うための研修の充実(内閣府が進めているEラーニングを利用した「地方創生カレッジ」は期待されるアプローチであろう)や、地域金融機関によるノウハウ補完も有効であろう。

多くの自治体職員は先行きに危機感を持っており、そのために、地域金融機関と連携・協力して地域創生に取り組む気運は全体として高まっている。別に行われた金融機関に対するアンケートでは、多くの金融機関が地方自治体の地方版総合戦略の策定に積極的に関与していると回答しているし、我々の調査でも、地方版創生総合戦略の策定において、多くの自治体職員が金融機関との協力が有益であったと回答している(図1)。ただ、規模の小さな自治体で「有益」の回答がかなり少ない。小さな自治体こそ、金融機関の持つさまざまなノウハウを必要としているはずであり、小さな自治体と金融機関の連携をいかに深めていくかは大きな政策課題として残っている。連携に際しての最大の障害について尋ねたところ、自治体職員の側の金融知識の不足にあるとの回答が最も多かった。金融機関との連携を進めるという視点からも、自治体職員の人材育成が重要な鍵となっているといえる。

図1:地方版創生総合戦略の策定における金融機関の協力の有用性
図1:地方版創生総合戦略の策定における金融機関の協力の有用性

非都市部の自治体からは、地元の金融機関のコンサルティング能力が弱いとの意見が多かった。非都市部の地域金融機関は一般に小規模であり、多様な自治体のさまざまなニーズに的確に対応できていないことがうかがえる。金融機関自らが対応できないとしても、適切な専門機関を紹介する能力を持つことは不可欠であるし、必要に応じて、他地域の金融機関、日本政策金融公庫や日本政策投資銀行などの政府系金融機関、信用保証協会などとの連携による紹介機能の強化も有望な方策である。

最後に、地方自治体のかなりの職員が現在の金融行政の方向性について知らなかったり、誤解したりしていることもわかった。地域金融機関と自治体の連携を進めていくためには、金融行政側からの積極的なアプローチが必要であるが、まだその努力が不足しているということを示しており、課題として認識する必要があろう。