ノンテクニカルサマリー

無保証人貸出の導入と企業の資金調達・パフォーマンス

執筆者 植杉 威一郎 (ファカルティフェロー)/内田 浩史 (神戸大学)/岩木 宏道 (一橋大学 / 日本学術振興会)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011〜2015年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

本稿では、政府系金融機関の1つである日本政策金融公庫中小企業事業本部(以下公庫中小事業)が2004年度に導入した無保証人貸出が、企業の資金調達とパフォーマンスにどのような影響を与えたかを分析した。本稿の分析と主要な結果は以下のとおりである。

第1に、無保証人貸出の利用状況に関し、制度導入後無保証人貸出がどの程度用いられるようになったのかを、データから記述的に検討した。融資件数、融資総額、利用企業数で見た無保証人貸出の利用状況を示した表1からは、2つの特徴が見て取れる。第1に、制度導入後は利用があまり進んでいない。この結果の背景としては、無保証人貸出に際して借り手が締結する必要のある特約の存在が考えられる。つまり、特約に含まれる財務制限条項などの厳しい条件が制約となり、一部の優良企業以外は無保証人貸出を利用しなかった可能性がある。ただし第2に、こうした傾向は最近になって大きく変化し、2014年2月の「経営者保証に関するガイドライン」適用前後から、無保証人貸出の利用が大幅に増加している。ガイドライン適用により、無保証人貸出の存在が周知されたことが大きく影響したと考えられる。

第2の分析では、無保証人貸出利用企業の特徴を明らかにした。具体的には、無保証人貸出を利用した企業と有保証人貸出を利用した企業との間における特徴を比較し、どのような借り手が無保証人貸出を選択しているのかを分析した。この結果、有保証人貸出利用企業と比べ、無保証人貸出利用企業は格付が良く、負債比率が低いこと、つまり、優良企業が無保証人貸出を利用していることが分かった。また、追加的な集計結果からは、ガイドライン適用後は、適用前に比してより優良な企業が無保証人貸出を選択する傾向がみられることも分かった。より優良な企業が制度を利用するようになったという結果は、ガイドライン適用に伴い、公庫中小事業が優良企業ほど無保証人貸出利用に伴う上乗せ金利を低くする制度変更を行ったためと考えられる。

第3の分析は、無保証人貸出を選択した企業の事後パフォーマンスに関するものである。この分析では、無保証人貸出と有保証人貸出を選択した企業とを比較することにより、無保証人貸出の利用と借り手のその後のパフォーマンスとの間にみられる関係を明らかにした。得られた結果は表2のとおりである。この表では、無保証人貸出利用企業(treatment)と有保証人貸出利用企業(control)について、左の年度tの貸し出しを起点としてt+1からt+3年後までの期間の、公庫内部の信用格付(値が小さいほど高格付)の変化幅の平均値と、平均値の差の統計的な有意性(***, **, *:それぞれ有意水準1%, 5%, 10%で差があること)を示している。この結果からは、内部格付で見た無保証人貸出利用企業の事後パフォーマンスは、導入直後の2005年度には有保証人貸出利用企業よりも劣っていたものの、それ以降はむしろ優れていたことが分かる。同様の結果は、財務危機に陥る確率や利益率にも見出された。

以上の結果は、同時期に導入された無担保貸出のケースと好対照である。無担保貸出は、企業の資金制約を緩和する一方で、利用企業の事後パフォーマンス悪化をもたらした(植杉・内田・岩木(2015))。これに対して無保証人貸出は、財務制限条項を含む特約を受け入れることのできる企業に提供されただけでなく、ガイドライン適用に伴って内部格付の良好な企業を優遇する制度変更が行われたため、専ら優良企業が利用することとなり、利用企業の事後パフォーマンスも改善することが多かった。

債権保全や経営への規律付けという意味では似通っている保証と担保であるが、それぞれを求めない貸出制度の導入が借手企業に異なる影響をもたらした、という結果は興味深い。得られた結果は、無保証人貸出や無担保貸出の制度設計に細心の注意を払うことの重要性を示唆している。

表1:無保証人貸出の利用状況
保証人免除特例
年度 融資件数 融資総額 企業数
2005 102 0.4% 6,205 0.5% 56 0.4%
2006 115 0.5% 6,903 0.7% 66 0.5%
2007 195 1.0% 10,835 1.1% 136 1.1%
2008 416 1.8% 32,903 2.4% 285 2.1%
2009 1,204 2.8% 116,635 3.6% 722 3.6%
2010 1,408 3.5% 109,405 4.0% 726 4.0%
2011 1,366 4.2% 95,230 4.7% 831 4.8%
2012 1,134 3.3% 96,173 4.5% 637 3.7%
2013 1,870 6.8% 147,220 8.1% 1,229 7.9%
2014 8,792 33.5% 635,586 36.5% 5,169 34.6%
表2:無保証人貸出利用企業の事後パフォーマンス
年度(t) From t to サンプル数 Treatmentの平均値 Controlの平均値 平均値の差 差の標準誤差 t値
2005 t+1 15,551 0.414 -0.169 0.583 ** 0.233 2.50
2005 t+2 15,332 0.190 0.259 -0.069 0.202 -0.34
2005 t+3 15,026 0.276 0.183 0.093 0.228 0.41
2006 t+1 11,843 -0.037 0.600 -0.637 *** 0.182 -3.50
2006 t+2 11,560 0.296 0.659 -0.363 0.227 -1.60
2006 t+3 11,291 0.269 0.785 -0.515 ** 0.242 -2.13
2007 t+1 13,768 0.578 0.417 0.161 0.195 0.83
2007 t+2 13,496 0.583 0.798 -0.215 0.252 -0.85
2007 t+3 13,324 0.230 0.916 -0.687 *** 0.252 -2.72
2008 t+1 16,434 0.338 0.644 -0.306 *** 0.115 -2.66
2008 t+2 16,277 0.514 0.570 -0.055 0.145 -0.38
2008 t+3 15,952 0.453 0.493 -0.039 0.164 -0.24
2009 t+1 29,604 -0.008 0.153 -0.160 * 0.091 -1.77
2009 t+2 29,128 0.182 0.055 0.127 0.110 1.15
2009 t+3 27,164 0.286 0.416 -0.129 0.135 -0.96
2010 t+1 24,286 0.182 0.070 0.112 0.119 0.94
2010 t+2 22,818 0.470 0.456 0.014 0.181 0.08
2010 t+3 22,556 0.487 0.680 -0.193 0.218 -0.89
2011 t+1 21,024 0.418 0.546 -0.128 0.126 -1.01
2011 t+2 20,811 0.423 1.341 -0.917 *** 0.157 -5.83
2011 t+3 10,339 0.665 0.728 -0.063 0.244 -0.26
2012 t+1 19,558 -0.017 0.731 -0.748 *** 0.136 -5.49
2012 t+2 9,883 -0.203 0.645 -0.848 *** 0.192 -4.42
2013 t+1 8,801 0.068 0.194 -0.126 * 0.068 -1.87
文献
  • 植杉威一郎・内田浩史・岩木宏道「無担保貸出と企業の資金調達・パフォーマンス」『国民経済雑誌』第212巻第6号, pp. 21-37, 2015.