執筆者 | 江上 雅彦 (京都大学)/細野 薫 (ファカルティフェロー) |
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研究プロジェクト | 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
新しい産業政策プログラム (第三期:2011〜2015年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト
不動産の証券化は、今や企業にとって重要な資金調達・リスク管理手段の1つとなっている。またマクロ経済的には、不動産価格変動のリスク・シェアリングに関わっており、バブルや金融危機の発生にもかかわる重要な金融商品である。とりわけJ-REIT(上場不動産投資信託)は、図1に示す通り、時価総額、資産規模ともに、リーマンショック時に落ち込んだものの、2012年以降堅調な伸びを示しており、時価総額は2016年2月末時点で11兆5180億円の規模に達している。
しかしながら、不動産証券化の効果について、これまで、十分な研究蓄積がなされてきたとは言い難い。理論的に、保有資産の証券化は、流動性の向上、業務の分化と特化(オリジネーション・債権回収・債権保有など)による利益、発行体の倒産リスクの隔離による資金コスト・アベイラビリティの改善などのメリットがある一方、発行企業と投資家との間の情報の非対称性に起因するモラルハザード・逆選択などのデメリットも存在することが指摘されてきた。実証的にも、これまでの研究では、証券化が発行企業の資産価値に及ぼす影響は、産業によって正負混在している。
本研究は、日本のJ-REITが初めて設立された2000年から2007年までの期間に新たに上場された9件のJ-REITのスポンサー企業7社を対象に、J-REIT設立のアナウンス前後各200営業日の資産価値の水準、資産のボラティリティ、および、資産価値の不動産業株式市場インデックスとの連動性がどう変化するかを分析した。なお、スポンサー企業の資産価値は、株価だけでなく、負債の市場価値も考慮に入れて推計している。
この結果、資産価値の水準やボラティリティは、J-REIT設立のアナウンス前後で増加しているものと減少しているものが混在しており、一定の傾向は見られなかった。他方、資産価値と不動産業市場インデックスとの連動性は、9件のJ-REIT設立のすべてにおいて、アナウンス後に低下していることが明らかになった。さらに、証券化が資産リスクに及ぼすより長期的な影響を分析するため、時間を通じて係数が変化することを許容して、資本資産価格モデル(CAPM)を推計した。具体的には、代表的な不動産会社である三井不動産(サンプル期間中に3件のJ-REITを設立)と三菱地所(同期間中に1件のJ-REITを設立)の各株式収益率を被説明変数とし、不動産業市場インデックスを説明変数とした場合の係数(βt)の変化を推計した。図2はこの結果を示しており、矢印は設立のアナウンスのタイミングを示している。この事例からは、証券化を繰り返すケースのほうが一回限りの証券化のケースよりも不動産業の市場インデックスとの連動性の高まりがみられないという結果が見られる。
以上の分析結果は、重要な政策的含意を持つ。まず、企業金融の観点からは、不動産の証券化が、不動産の価格変動リスク(不動産業の市場インデックスに反映されていると考えられる)をコントロールする上で、重要なツールとなることが示唆される。また、マクロ経済的観点からは、不動産価格の下落が不動産業者による資産の投げ売りや倒産によってさらなる不動産価格の下落につながるという悪循環を軽減するために、証券化が有効となる可能性が示唆される。逆に、不動産価格の上昇が不動産業者のバランスシートの改善を通じてさらなる不動産投資を惹起し、バブルにつながるというリスクを軽減する上でも有効となる可能性もある。ただし、こうした効果が実現するかどうかを見極めるためには、誰が証券化商品を購入しているのか、また、証券化商品の市場価格の変動が逆に不動産価格の変動につながらないかなどの分析が必要となる。