ノンテクニカルサマリー

ガラスの天井か、床への張りつきか?:賃金分布を通じた男女間賃金格差についての分析

執筆者 原 ひろみ (日本女子大学)
研究プロジェクト 日本の労働市場の転換―全員参加型の労働市場を目指して―
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「日本の労働市場の転換―全員参加型の労働市場を目指して―」プロジェクト

1.問題意識と分析方法

男女間賃金格差(以下、男女間格差)は世界各国で観察されるが、日本はOECD諸国の中で韓国に次いでワースト2位の大きな格差が観察されている。観察される男女間格差には(注1)、教育年数の違いなどの人的資本量の男女の違いによる部分(説明できる格差)もあると考えられるが(注2)、それだけで説明できるわけではない。つまり、人的資本量の違いで説明できない男女間格差(説明できない格差)の存在が予想されるが、説明できない格差があるのであれば、これは効率性と公平性の両方の観点から解消されることが望ましい。

日本に関して、平均賃金の男女間格差については複数の先行研究があり、実態解明は進んでいる(注3)。しかし、平均賃金以外での男女間賃金格差、つまり高賃金層や低賃金層での男女間格差についての分析は不十分である(注4)。平均での説明できない格差の規模やその発生メカニズムと、高賃金層や低賃金層でのそれらは異なることが予想される。よって、平均賃金だけでなく、賃金分布の上位と下位に関する分析を行うことで、男女間格差の発生メカニズムへの理解が深まると考えられる。

そこで、本研究は賃金分布を通じた男女間格差の検証を行うことを目的とし、厚生労働省『賃金構造基本調査(1990、2000、2014年)』のマイクロデータを使って、Firpo, Fortin, and Lemieux要因分解(FFL分解)を行った。詳細は省略するが、FFL分解を行うと、賃金分布の各パーセンタイルで観察される男女間格差を人的資本量の違いで説明できる格差と説明できない格差に分解することができる。また、説明できる格差と説明できない格差それぞれを詳細分解することもできる。

2.主な結果

まず、近年(2014年)の男女間賃金格差についての分析の結果を示したのが図1である。図1から、第1に、人的資本量の違いをコントロールしていない状況で観察される男女間格差は、分布の上位のほうが下位よりも大きいことがわかる。第2に、人的資本量の違いでは説明できない賃金格差は、分布の中位よりも上位や下位で大きい。賃金分布の下位で説明できない男女間格差が大きいことを床への張りつき (sticky floor)、逆に上位で男女間格差が大きいことをガラスの天井 (glass ceiling) と定義すると(注5)、日本ではガラスの天井と床への張りつきの両方の現象が観察されると捉えられる。床への張りつき現象が観察される理由の1つは、詳細分解の結果から、勤続年数や企業特殊スキルからのリターンの少ない仕事に女性が割り振られていることであると考えられる。つまり、キャリアトラックのない仕事に女性が割り振られやすいことによる(注6)。その一方で、ガラスの天井現象が観察される理由の1つは、男性と女性の受けている教育の質に大きな違いがあることが可能性として示された。また、追加的な分析から、男女間格差は、女性が賃金の低い企業に勤務しやすいことと、企業内で賃金の低い仕事に割り振られやすいことの両方から発生することも示された。

次に、時系列的変化を確認するために1990年と2000年についても同様の分析を行った結果が図2である。図2から、観察される男女間賃金格差は、分布のすべての分位において1990年から2014年にかけて縮小していることが分かる。また、その観察される男女間格差の縮小は、人的資本量の男女間格差の縮小が重要な役割を果たしていることも読み取れる。さらに、ガラスの天井や床への張りつきといった現象は1990年と2000年にも観察され、近年に限った現象ではないことも示された。

ガラスの天井に関してはこれまでもよく知られており、たとえば男女活躍推進法のように、女性の管理職への登用を促すなどの対策がとられてきた。しかし、以上の分析結果から、男女間賃金格差を解消するためにはそれだけでは必ずしも十分ではなく、低賃金の仕事から抜け出しにくいことを意味する床への張りつきへの対策も必要であることが示唆される。

図1:男女間賃金格差(2014年)
図1:男女間賃金格差(2014年)
データ:厚生労働省『賃金構造基本調査(2014年)』。
注:1. 横軸はパーセンタイル、縦軸は各パーセンタイルで男女の賃金格差が何ポイントあるかを表す。
2. 「観察される男女間格差」は人的資本量の男女の違いをコントロールしていない状況で観察される格差で、「人的資本量の違いから説明できない男女間格差」はFFL分解によって求められたもので、「観察される男女間格差―説明できる男女間格差」である。
図2:男女間賃金格差(1990, 2000, 2014年)
図2:男女間賃金格差(1990, 2000, 2014年)
データと注:図1と同じ。また、Panel Cは図1の再掲である。
脚注
  1. ^ 本稿での「観察される男女間格差」とはraw gender wage gapのことで、人的資本量の男女間格差などの賃金格差に影響を及ぼすと考えられる男女間の違いをコントロールしていない状態で見られる男女間賃金格差のことを指す。
  2. ^ 人的資本量の男女間格差そのものが労働市場における差別によって引き起こされている可能性は残される。
  3. ^ 川口 [2005]、Miyoshi [2008]など。
  4. ^ 例外として、Chiang and Ohtake [2014] がある。
  5. ^ Arulampalam, et al. [2007] では、分布の中位とくらべて分布の下位で2ポイント以上男女間格差が大きい場合を床への張り付き、分布の上位で同じように2ポイント以上の男女間格差がある場合をガラスの天井と定義している。
  6. ^ ここでの解釈は、Lazear and Rosen [1990] の理論モデルに基づいている。
文献
  • Arulampalam, Wiji and Booth, Alison L. and Bryan, Mark L. (2007) "Is There a Glass Ceiling over Europe? Exploring the Gender Pay Gap across the Wage Distribution," Industrial and Labor Relations Review, Vol. 60, No. 2, pp. 163-186.
  • Chiang, Hui-Yu and Fumio Ohtake (2014) "Performance-Pay and the Gender Wage Gap in Japan," Journal of The Japanese and International Economies, Vol. 34, pp. 71-88.
  • 川口章 (2005) 「1990年代における男女間賃金格差縮小の要因」、『経済分析』、第175号、pp. 52-82.
  • Lazear, Edward P and Sherwin Rosen (1990) "Male-Female Wage Differentials in Job Ladders," Journal of Labor Economics, Vol. 8, No. 1, Part2, S106-S123.
  • Miyoshi, Koyo (2008) "Male-Female Wage Differentials in Japan," Japan and the World Economy, Vol. 20, No. 4, pp. 479-496.