ノンテクニカルサマリー

多国籍企業・企業内貿易と雇用のボラティリティ

執筆者 樋口 美雄 (慶應義塾大学)/清田 耕造 (リサーチアソシエイト)/松浦 寿幸 (慶應義塾大学 / KU Leuven)
研究プロジェクト 企業成長のエンジンに関するミクロ実証分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「企業成長のエンジンに関するミクロ実証分析」プロジェクト

問題意識

近年、欧米諸国では企業活動のグローバル化が雇用の不安定性につながるのではないかという懸念が高まっている。貿易や直接投資が活発になると海外の需要・供給ショックが国内に波及しやすくなり、その結果、国内の雇用も不安定になる恐れがあるためである。この企業活動のグローバル化と雇用調整の関係については政策担当者の関心も高く、たとえばOECDが2005年に発表したEmployment Outlookではこのテーマに関する特集記事が掲載されている(OECD, 2005)。

しかし、両者の関係はそう単純なものではない。たとえば、輸出企業や多国籍企業が販売先を多様化させリスク分散を行っているとすれば、国内企業よりもむしろ輸出企業や多国籍企業のほうが収益を安定させ、結果として雇用を安定化させることができるかもしれない。つまり、理論的には、企業活動のグローバル化に伴い企業の雇用のボラティリティ(変動)は高まるとも低まるともいえる。このため、現実にどのような関係が存在するかについては実証分析を通じて確認する必要がある。

このような疑問に答えようと試みた研究の1つがKurz and Senses (2016)である。彼らは米国企業の輸出入に注目してグローバル化と雇用のボラティリティの関係を分析し、輸入の拡大は雇用を不安定化させる一方、輸出の拡大は程度によっては雇用の安定化につながることを明らかにした。しかし、彼らの研究でグローバル化のチャネルとして注目されているのは輸出入のみであり、直接投資については考慮されていなかった。このため、企業のグローバル化の分析という意味では、狭い視点にとどまっていた。

本研究は、1994年から2012年の日本の企業レベルのパネル・データを用いて、企業活動のグローバル化と雇用のボラティリティの関係を明らかにしようと試みたものである。本研究の新規性は、次の3点にある。第1に、多国籍企業(海外進出企業、および外資系企業)と輸出入企業との違いを考慮している点である。第2に、企業間貿易と企業内貿易の違いを分析している点である。第3に、製造業と卸小売業の違いを考慮している点である。

分析結果と含意

次表は本研究で用いたデータの基本統計量である。この表より、3つの特徴的な事実を確認することができる。第1に、輸出のみを行っている企業は貿易を行っていない企業よりも雇用のボラティリティが低い。第2に、輸入を行う企業はそれ以外の企業と比べて雇用のボラティリティが高くなる傾向にある。そして第3に、直接投資を行っている企業の雇用のボラティリティは国内に留まっている企業のそれと同程度である。

企業活動のグローバル化と雇用のボラティリティの関係をより厳密に検証するため、このデータをもとに雇用のボラティリティを被説明変数、企業が貿易を行っているかどうか、直接投資を行っているかどうかを説明変数とする回帰分析を行った。分析の結果、製造業については、輸出は企業内貿易(輸出)に従事しているとむしろボラティリティが大きくなることも確認されている。

また、輸入については、企業内貿易ではなく企業間貿易が雇用のボラティリティに影響を及ぼしている可能性があることもわかった。これは、製造業、卸小売業の双方に共通した結果である。第3に、多国籍企業(直接投資を行う企業、外資系企業)は国内企業に比べて雇用変動が大きいというわけではないことが明らかとなった。ただし、前述の企業内貿易は多国籍企業によって行われるものであることには注意が必要である。

本研究から次のような含意が導かれる。まず、グローバル化が進むと国内雇用が不安定化するという懸念があるが、その影響はグローバル化の手段、そして業種によって異なっている。また、海外の需要・供給ショックは製造業のみならず、卸小売業といった非製造業を通じても国内雇用に影響する。ただし、その影響は製造業と卸小売業で異なる経路で波及しており、特に企業内貿易を通じた影響については違いが顕著である。企業活動のグローバル化と雇用のボラティリティの関係を議論する際には、こうした製造業と卸小売業の違い、および企業内貿易を通じ需要・供給ショックの波及について認識しておくことが重要であるといえる。

表:企業の貿易・直接投資と雇用のボラティリティ
企業数 シェア(%) 平均雇⽤規模 雇⽤のボラティリティ
平均 標準偏差
全企業 27,838 100.0 290 0.087 0.048
貿易を⾏わない企業 14,802 53.2 232 0.088 0.050
輸出と輸⼊を⾏う企業 8,118 29.2 407 0.085 0.044
輸出のみを⾏う企業 2,069 7.4 259 0.079 0.043
輸⼊のみを⾏う企業 2,849 10.2 283 0.094 0.050
国内企業 20,824 74.8 224 0.087 0.049
外資系企業 464 1.7 355 0.096 0.052
直接投資企業 6,550 23.5 497 0.086 0.045
出所:『企業活動基本調査』にもとづき計算.
文献
  • Kurz, Christopher and Mine Z. Senses (2016) "Importing, Exporting and Firm-Level Employment Volatility," Journal of International Economics, 98: 160-175.
  • OECD (2005) OECD Employment Outlook 2005, Paris: OECD Publishing.