ノンテクニカルサマリー

東アジア株式市場の関連性の変遷

執筆者 小松原 宰明 (イボットソン・アソシエイツ・ジャパン)/沖本 竜義 (客員研究員)/辰巳 憲一 (学習院大学)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

問題の背景

過去20年を振り返ると、国際投機マネーによる資金の流れが、株式市場における共変動構造を大きく変化させており、その結果、国際投機マネーは、世界経済に対して、最も影響力を持つ要因のひとつとなっている。たとえば、2008年のリーマンブラザーズの破綻をきっかけとした世界的な金融危機は、発端はサブプライムローン問題という米国独自の問題であったが、国際投機マネーによる資金の引き上げを通じて、全世界に広まり、世界同時株安を引き起こした。さらに、同様のことが、2015年の中国発の世界同時株安にも当てはまるであろう。

このように、株式市場では、1つの国や地域で起こった現象が、国際投機マネーの資金の流れを通じて、他国の株式市場にまで影響を及ぼすということが、頻繁に見られるようになっている。したがって、国際投機マネーの拡大に伴い、株式市場の関連性にどのような変化が起こり、それが最適分散投資やリスク管理にどのような影響を及ぼしたかを定量的に評価することは、金融市場関係者や政策立案者など多くの人々にとって、重要な意義をもつと考えられる。たとえば、株式市場のショックが他の国に伝播していく傾向が強くなっているのであれば、政策当局者は、政策立案をするうえで、自国のみならず、その他の国の株式市場に関しても、大きな注意を払う必要が生じる。このような観点から、本研究では、中国、香港、日本、韓国の4つの東アジア株式市場の関連性の変遷を分析し、関連性がいつ頃どのような形で変化したのかを明らかにし、関連性の変遷が、分散投資効果へ及ぼした影響などを定量化することを試みている。

本研究の主な結果

本研究で得られた結果は次のようにまとめられる。まず、1995年頃の東アジア株式市場の関連性は平均的に小さかったが、2013年までに、関連性は有意に上昇していることが明らかとなった。より具体的には、株式リターンの関連性の変遷を図示した図1(a)からわかるように、中国関連ペアに関しては、2004年あたりまでは0.2程度であった相関が、2004年以降、次第に上昇し、2013年には0.4程度にまで平均的に上昇していることが明らかとなった。それ以外の国のペアに関しては、相関は1995年から2001年の間に大きく上昇し、2000年代前半以降、相関は0.6程度にまで達していることが明らかになった。

また、株式リターンを日中リターンと時間外リターンに分解し、株式リターンの関連性の上昇が、どちらのリターンに起因しているのかも調べた。その結果、図1(b)と(c)からわかるように、日中リターンの関連性の上昇は限定的であるのに対して、時間外リターンの関連性は大きく上昇しており、株式市場の関連性の上昇は時間外リターンに起因する部分が大きいことが判明した。また、図1(c)からも、中国関連ペアとそれ以外の国のペアでは、関連性が上昇した時期に違いが見られ、中国関連ペアの関連性は2007年以降大きく上昇したのに対し、それ以外のペアの関連性は1998年から2001年にかけて大きく上昇したことが示唆された。

最後に、関連性の上昇が分散投資に与えた影響を最小分散ポートフォリオのウェイトの観点から評価した結果、1995年の最小分散ポートフォリオは各国に一定の割合を投資するという分散されたものになったのに対し、2013年の最小分散ポートフォリオは、日本に6割以上を投資し、韓国には全く投資しないというやや偏ったものとなり、分散投資効果が低下していることが確認された。

政策的インプリケーション

本研究の結果、東アジア株式市場の関連性は上昇していることが確認されたが、中国関連ペアとそれ以外の国のペアで、上昇の時期に違いが見られた。上昇が見られた時期は、各株式市場で制度改革や規制緩和などが行われ、国際投資家の投資が促進された時期と一致している。たとえば、中国では、2005年から2006年にかけて、非流通株(国有株)が抱えるさまざまな問題の解決を図る株式分置(非流通株)改革が実施され、2007年以降、欧米投資家の中国市場への投資が活性化された。これらの結果は、国際資本流入の拡大は、市場の活性化としては意義のあることであるが、それと同時に他国との関連性を上昇させ、1国の株式市場におけるショックが他国に伝播する可能性も上昇させることを示唆している。

また、アジア株式市場全体としては、時間外取引の間に起こる事象に、アジア市場全体が大きな影響を受けるようになってきていることが示唆されている。したがって、政策を運営するうえで、自国の株式市場のみならず、他国の株式市場のショックにも注意を喚起することが重要になってきているといえるだろう。実際、アベノミクスは金融緩和による株価の高騰で、一定の成果を上げてきたが、2015年8月の中国株式市場のショックによる株価の下落により、大きな影響を受けた。

また、2015年12月に米国が金利の引き上げを開始し、今後、米国を含む主要国が重要な政策決定を行うことが多くなると予想されるので、そのような他国の金融政策の変化が、日本を含むアジアの株式市場に与える影響を注視する必要もあるであろう。

図1:東アジア株式市場の関連性の変遷
図1:東アジア株式市場の関連性の変遷