ノンテクニカルサマリー

グローバルバリューチェーンとアジア諸国の産業競争力

執筆者 清田 耕造 (リサーチアソシエイト)/及川 景太 (コンサルティングフェロー)/吉岡 克啓 (商工組合中央金庫)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

問題意識

どのような国家・経済にあっても、自国および他国の産業競争力を把握することなしに効果的な産業政策を考えることは不可能であろう。これまでの研究では、ある国の財・サービスに関する国際的な産業競争力を把握する指標として、世界の輸出市場(世界で取り引きされている輸出財・サービスの総計)に占める対象国の輸出財・サービスのシェア(以下、総輸出額シェアと呼ぶ)が用いられてきた。ある国の輸出財・サービスの産業競争力が高ければ、事後的に(結果的に)世界市場に占めるその国の輸出額シェアも高くなると考えられるからである(注1)。しかし、国際的な中間財・サービス取引が活発になるにつれて、総輸出額シェアが必ずしも産業競争力を示す指標として適切でないとする理解が広まりつつある。

次の図は米国カリフォルニア州にあるアップル社でデザインされ、中国で組み立てられるiPhoneの費用と収益構造である。

図:セミナーの参加が直接輸出の開始(再開)の確率に対して及ぼす効果

中国で組み立てられたiPhoneは世界各国へと輸出されている。しかし、1台のiPhone 4の価格のうち、実に58.4%がアップル社の収益であり、組立工程で得られている中国の取り分は1.8%に過ぎない。従来の総輸出額シェアでは、このバリューチェーンの観点が抜け落ちている。この例から明らかなように、ある国の財・サービスの総輸出額のシェアが増加したことと、その国が獲得する付加価値が増加することは必ずしも連動しない。このため、総輸出額シェアを産業競争力の指標として用いると、中間財・サービス投入要素を海外に依存して最終組立工程を国内で行うような国の産業競争力を過大に見積もってしまう可能性がある。

分析内容と政策含意

本稿は、1995年から2011年までの中国、インド、インドネシア、日本、韓国、台湾のアジア6カ国の国際的な製造業の産業競争力の変遷について、世界産業連関表(World Input-Output Table)により検証を行った。本稿では、競争力を、総輸出額シェアではなく、グローバルバリューチェーン(GVC)所得のシェアに注目している。GVC所得とは、自動車や携帯電話といった製造業の最終財が消費者に届くまでのバリューチェーンの中で対象国が貢献した付加価値額を意味している。GVC所得を用いることにより、iPhoneの例でいえば、デザイン(サービスセクター)の付加価値を米国に、組立部分(製造セクター)の付加価値を中国に計上することで、バリューチェーンの観点に沿った産業競争力を捉えることができる。

検証の結果、中国、インド、インドネシアにおいて製造業の産業競争力が上昇する一方、日本、韓国、台湾では低下傾向が確認された。この結果は、GVC所得で見ても中国、インド、インドネシアの製造業の産業競争力の上昇が顕著であることを示唆している。iPhoneの例が印象的なことも手伝い、「中国は製造業でも組立工程という低付加価値部分を主に担当しているため、必ずしもバリューチェーンを通じた製造業の産業競争力は高くない」と考えられがちだが、それは誤りと考えた方が良いだろう。

また、EU諸国とは違い、アジア諸国では、GVC所得の発生に寄与した労働者(以下、GVC労働者と呼ぶ)の増加と実質賃金の増加が同時に観測できることもわかった。以下の図は横軸にGVC労働者の1995年から2009年にかけての変化を、縦軸にGVC労働者が得る実質賃金の同期間における変化をプロットしたものである。EU27カ国のサンプルに限ると両者の相関係数は-0.26と負の相関を示す一方、アジア6カ国のサンプルに限ると相関係数は0.55と正の相関を示している。

図:セミナーの参加が直接輸出の開始(再開)の確率に対して及ぼす効果

この結果は、アジア諸国の製造業のGVCのパターンが、ヨーロッパ諸国のパターンと異なることを想起させる。実際、先行研究を見ると、Kimura(2006)は、アジア諸国の生産ネットワークがEU諸国および北米(カナダ、メキシコ、アメリカ)のそれと比較して高度であることを指摘している。また、Baldwin and Lopez-Gonzalez(2015)は、北米およびEU諸国では、生産体制のハブとなる中心国(米国、ドイツ)と一部の生産を担当する周辺国というシンプルなハブ&スポークのパターンが形成されているのに対し、アジア諸国は複雑で中間財が諸国間を行き来する重層的なネットワーク構造が形成されていることを指摘している。政策担当者は、このようなアジア諸国の生産ネットワークの異質性を踏まえて産業政策を考えることが望ましいといえるだろう。

脚注
  1. ^ ここで「事後」という言葉を使ったのは、Eaton and Kortum (2002)が構造推定により計測した一国の(労働コストで調整した)技術水準、つまり、貿易額の高いシェアをもたらす原因となる「事前」の産業競争力と対比するためである。
文献
  • Baldwin, Richard and Javier Lopez-Gonzalez. 2015. "Supply-chain Trade: A Portrait of Global Patterns and Several Testable Hypotheses." The World Economy, 38(11), 1682-1721.
  • Eaton, Jonathan and Samuel Kortum. 2002. "Technology, Geography and Trade." Econometrica 70 (5): 1741-1779.
  • Kimura, Fukunari. 2006. "International Production and Distribution Networks in East Asia: Eighteen Facts, Mechanics, and Policy Implications." Asian Economic Policy Review, 1(2), 326-344.