執筆者 | 福川 信也 (東北大学) |
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研究プロジェクト | 公的研究機関のナショナル・イノベーションシステムにおける役割 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
技術とイノベーションプログラム (第三期:2011〜2015年度)
「公的研究機関のナショナル・イノベーションシステムにおける役割」プロジェクト
公設試験研究機関(公設試)は日本独自の地域技術政策であり、主に中小企業に対してさまざまな技術支援活動(技術相談、依頼試験、設備開放、講習会、共同研究、受託研究、特許ライセンスなど)を展開している。近年、公設試の予算および人員が大幅に削減される傾向にあるなかで、公設試がどのように地域経済に貢献しているかを定量的に示すことは、エビデンスに基づく政策設計を行う上で非常に重要である。本研究では知的財産研究所特許データベースなどを用いて、主に以下の点を定量的に評価した。第1に、公設試が生み出している知識の性質(地域中小企業の技術知識との適合度、技術的・商業的価値)。第2に、知識波及のパターン(共同研究相手、地理的距離)。第3に、産業集積構造に応じた知識波及パターンの違い。第4に、技術支援活動間の関係。
主な分析結果は以下の通りである。第1に、公設試の技術ポートフォリオ(技術分野別の特許数の分布)は地域の大学のそれよりも、地域中小企業の技術ポートフォリオとの類似性が高い(表1パネルA)。こうした傾向は工業系公設試で顕著である(表2パネルB)。これは工業系公設試が地域の技術集積に応じて研究活動を展開していることを示している。
パネルA | 地元中小企業の技術ポートフォリオとの類似性 | 地元大企業の技術ポートフォリオとの類似性 | 共同発明に占める地域中小企業との共同発明比率 |
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公設試 | 0.770 | 0.695 | 0.195 |
大学 | 0.705 | 0.722 | 0.041 |
パネルB | 特許あたり審査官引用件数 | 国際出願比率 | 特許あたり請求項数 |
公設試 | 1.517 | 0.028 | 6.375 |
大学 | 1.318 | 0.083 | 7.929 |
第2に、公設試の特許は地域の大学のそれよりも、地域中小企業との共同発明が多い(表1パネルA)。こうした傾向は工業系公設試で顕著である(表2パネルB)。第3に、工業系公設試の特許はバイオテクノロジー、化学、機械、電子、機器に幅広く分布している(表2パネルA)。農業系公設試の特許はバイオテクノロジーと機械(ハーベスターなど)に、環境系公設試の特許はバイオテクノロジーと化学に、医療系公設試(がんセンターなど)の特許はバイオテクノロジーと機器に集中している。第4に、公設試の特許は大学のそれより多くの審査官引用を受けている(表1パネルB)。この傾向は医療系公設試で顕著である(表2パネルB)。これは医療系公設試が商業的に価値の高い発明を行っていることを示している。第5に、医療系公設試の特許は他の公設試と比較して、審査官引用件数、国際出願、請求項数が多い(表2パネルB)。これは医療系公設試が他の公設試と比較して、商業的・技術的に価値の高い発明を行っていることを示している。第6に、工業系公設試は技術相談、農業系公設試は講習会、環境系公設試は依頼試験に技術支援活動が集中している(表2パネルC)。
パネルA | バイオ | 化学 | 機械 | 電子 | 機器 | その他 |
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工業 | 0.187 | 0.278 | 0.230 | 0.124 | 0.137 | 0.044 |
農業 | 0.351 | 0.115 | 0.393 | 0.022 | 0.098 | 0.022 |
環境衛生 | 0.500 | 0.236 | 0.038 | 0.009 | 0.142 | 0.075 |
医療 | 0.603 | 0.050 | 0.030 | 0.050 | 0.261 | 0.005 |
パネルB | 地元中小企業の技術ポートフォリオとの類似性 | 共同発明に占める地域中小企業との共同発明比率 | 中小企業との共有特許に占める審査請求された特許 | 特許あたり審査官引用件数 | 国際出願比率 | 特許あたり請求項数 |
工業 | 0.599 | 0.204 | 0.424 | 1.549 | 0.015 | 6.182 |
農業 | 0.544 | 0.131 | 0.162 | 1.250 | 0.004 | 5.733 |
環境衛生 | 0.362 | 0.138 | 0.167 | 1.594 | 0.029 | 7.221 |
医療 | 0.300 | 0.035 | 0.267 | 3.670 | 0.124 | 9.959 |
パネルC | 依頼試験 | 設備開放 | 技術相談 | 講習会 | 受託研究 | 共同研究 |
工業 | 143.525 | 59.787 | 89.188 | 1.571 | 873.221 | 0.138 |
農業 | 2.577 | 5.045 | 24.526 | 1.611 | 122.817 | 0.059 |
環境衛生 | 149.542 | 0.842 | 1.776 | 0.343 | 204.652 | 0.064 |
医療 | 14.355 | 52.735 | 67.946 | 1.297 | 239.936 | 0.063 |
第7に、地域中小企業の技術ポートフォリオがバイオテクノロジーに集中している地域では、公設試はライセンスをより積極的に行っており、地域中小企業の技術ポートフォリオが機械に集中している地域では、公設試は技術相談をより積極的に行っている。第8に、公設試のライセンス収入は学位取得者比率と技術相談件数と正の相関を持つ。学位取得者比率と技術相談件数には代替的関係はない。
分析結果から導かれる政策的含意は以下の通りである。第1に、知識創造(発明)・知識波及(共同研究)のいずれで評価しても、工業系公設試は地域中小企業にとって重要な知識源泉として機能している。地域におけるイノベーション促進を重視する観点からは、近年の一律的かつ急速な予算・人員の削減は、公設試によるこうした貢献を減殺する可能性が高いといえる。
第2に、工業系公設試の活動は技術相談のように地域密着型で行われる必要があるが、医療系公設試の活動はライセンスのように広域的に行うことが効率的(潜在的なライセンシーの探索は大きな地理的範囲で行う方が効率的)である。これは公設試の再編においては、産業・技術集積に応じた知識波及の経路(人的交流、地理的近接の重要性)の違いを考慮する必要があることを示している。さらに、同じ都道府県内であっても、支所レベルで工業系公設試の活動は異なる。バイオテクノロジー分野(食品、醸造など)でライセンスを盛んに行うような工業系公設試に関しては、県境を越えた活動を支援する枠組み(予算策定など)が必要である。
第3に、公設試発明を(ライセンスを通じて)成功裡に商業化する上では、研究指向性(科学基盤の強化)と技術支援指向性(中小企業の問題解決支援)が補完的になる(学位論文のテーマを地域企業が抱える技術的問題の原理解明に求めるなど)ような人的資源管理が必要である。