ノンテクニカルサマリー

商品別取引データに基づく総需要・総供給ショックの推定

執筆者 阿部 修人 (一橋大学経済研究所)/稲倉 典子 (大阪産業大学)/外木 暁幸 (一橋大学経済研究所)
研究プロジェクト 経済変動の需要要因と供給要因への分解:サービス産業を中心に
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011〜2015年度)
「経済変動の需要要因と供給要因への分解:サービス産業を中心に」プロジェクト

需要と供給のどちらが価格変化の原因なのか?

物の値段、たとえば、ある魚の価格が急上昇したとしよう。そんなときは、その魚が獲れなくなったか、あるいは、なんらかの理由(たとえば海外)で大量の買い付けが入ったか、いずれかが生じたと考えるのではなかろうか? 物の価格が需要と供給で決定されるとすれば、価格が動くとき、需要と供給の少なくとも一方は変化している。では、需要と供給のどちらが変化したのか、そもそも需要曲線と供給曲線はどのような形状をしていて、どうすればその姿を知ることが出来るのだろうか? これは経済学の中心課題の1つであり、その研究は100年近く前まで遡ることが出来る。

図

関心の対象が、ある特定の商品の価格(たとえば牛乳やコンピュータ)であれば、その商品の生産にかかる費用をつぶさに観察することで供給側の状態を知ることができるだろう。そうした供給側の情報を基に、需要側の情報を知ることもまた可能になる。ミクロ経済学では、需要・供給曲線の推計は最先端の手法を駆使した精緻な分析が進行中である。

では、関心の対象が、一国全体の価格動向、すなわちインフレやデフレであった場合はどうだろうか? マクロ経済学には、需給ギャップ(GDPギャップ)という経済全体の需要と供給のバランスを示すものがあり、現在の政策運営でも中心的な役割を果たしている。しかしながら、ミクロ経済学における精緻な分析に比べ、マクロデータに依拠する需給ギャップの分析は理論的にも実証的にも曖昧なところが多いのもまた事実である。

ミクロの商品取引データからマクロを推計する

本論文は、商品のミクロの価格や数量の情報を用いてマクロの需要と供給(総需要、総供給)の推定を試みている。具体的には、先の魚の価格の例で挙げたような、商品の価格や数量を変化させるような需要・供給ショックを抽出した上で、マクロ経済全体の価格や数量の変化の背後にある需要・供給ショックを推計し、伝統的なマクロの需給ギャップに代わる手法を提案する。

使用するデータは、市場調査会社インテージが作成している日本全国約1000店舗のスーパーから収集した売り上げ・価格・数量情報、SRIであり、レジでのバーコードデータから作成されている。

推定は三段階で行われている。第1に、理論モデルに基づき個々の商品への需要・供給曲線を導出し、推計する。SRIでは細かい商品分類が行われており、たとえば醤油であれば、濃口、丸大豆減塩、減塩、うす塩、など15種類に分けられており、商品分類の合計は1000以上にのぼる。それら、細かい分類ごとに商品を分け、各商品が過去1年間でどのくらい価格と販売数量が変化したか計算する。そして、価格と数量の変化の情報から需要・供給曲線の形状を推計する。第2に、得られた需要・供給曲線が毎週、前年同期に比べてどの程度移動したかを計算し、その移動量を商品単位の需要・供給ショックとする。最後に、得られたショックを経済全体で加重平均してマクロの総需要・総供給ショックを得る。

新たな総需要・総供給ショックの推計結果

図:総需要・総供給ショックの推移
図:総需要・総供給ショックの推移

図は、日本全体の総需給ショックの推計結果(前年同期比)である。図から、リーマンショック後、需要が急激に減少したことがある。リーマンショック以降、世界的に需要喚起のために積極的な財政政策が行われたが、図に示されている2009年から2010年にかけての大きな負の総需要ショックは、日本でもそうした政策が効果を発揮する余地があったことを示唆している。一方、2014年後半以降の需要ショックはほぼ正であり、消費税率改定以降弱いといわれているものの、少なくともリーマンショック時のような需要減退は生じていないことがわかる。

総供給ショックは震災直後と消費税率変化前の時期を除いて一貫してマイナスであり、特に2014年以降は負の値で安定していることがわかる。これは、前年と同水準の数量を供給するにはより高い価格が必要となる、という供給曲線の内側への移動を意味しており、非常に気になる結果である。供給曲線の内側への移動は価格上昇、すなわちインフレ要因となるが、これは同時に生産フロンティアの縮小を意味している可能性があるためである。理想的な状況は、総需要と総供給両方のショックが正の時であろう。そのような時は、数量は大きく増加するが、物価はそれほど変化しない。商品は大量に売れるが、生産費用は低下している状況である。残念ながら、図で見る限り、消費税率改定前のほんの一時期のみでしかそのような状況にはなっていない。

本論文で示されている総需要ショックと総供給ショックの動きから、経済全体で需要が減っているのか、それとも供給が減っているのか、あるいはその両方が発生しているのかなどを知ることができる。マクロ経済政策を設計する際、伝統的な需給ギャップを補完する形で、経済全体の需給状況を知る一助になるものと考えている。