執筆者 | 飯塚 敏晃 (ファカルティフェロー)/内田 暁 (東京大学) |
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研究プロジェクト | 医療政策とイノベーション |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
技術とイノベーションプログラム (第三期:2011〜2015年度)
「医療政策とイノベーション」プロジェクト
問題意識
小規模市場においては、イノベーションから得られる期待利益が限られるため、政策的に重要な分野であっても、研究開発が限定的となることが多い。これらの問題は医療関連市場にも多く存在し、たとえば、希少疾病、neglected tropical disease(顧みられない熱帯病)、オーダーメイド医療などに関する研究開発があげられる。これらは世界各国共通の政策課題であり、これまでさまざまな政策的対応が提案され、実施されてきた。政策的対応は、イノベーションからの期待収入を増やす「需要サイドの政策」と、イノベーションのコストを下げる「供給サイドの政策」に分けられるが、特に、「需要サイドの政策」の介入効果を検証したものはほとんど存在しない。そこで本研究は、我が国において特定の希少難病患者の医療費の自己負担を軽減する需要サイドのイノベーション政策に着目し、医療費助成による市場拡大効果が医薬品や医療機器の研究開発(治験件数)に及ぼす影響を定量的に分析した。
分析手法
我が国では1970年代から、希少難病の患者に対して、医療費の自己負担分を低減する助成が行われてきた。この医療費助成に関して、2009年10月に、リーマンショック後の経済対策の一環として、対象疾患が追加された。追加された疾患については、患者の自己負担が大幅に減少するため、医療需要が拡大する可能性がある。本稿では、この医療費助成対象の拡大を外生的なショックと捉え、研究開発への影響を分析した。具体的には、新たに追加された15疾患(政策介入群)に関する治験件数が政策導入によってどのように変化したか、対照群との比較において分析した。比較対照群としては、同様の難病であるにもかかわらず、2009年10月時点では医療費助成の対象にならなかった31疾患を用いた。治験データは、公的な臨床試験登録データベースから取得した。
結果
図は、1疾患あたりの治験数(累積)の推移を示している。横軸は時間を月単位で表しており、T=0が政策変更がなされた2009年10月である。赤い折れ線が政策介入群、青い折れ線が対照群、にそれぞれ対応している。図から、政策変更後2年経った頃から政策効果が表れ、介入群の治験数が対照群のそれよりも増加しているのがわかる。論文においては計量経済モデルを用い、これらの分析をより精緻に行い、医療費助成が治験件数の増加をもたらしたことを明らかにしている。
治験には、医師主導治験と企業主導の治験の2種類があるが、回帰分析の結果、企業主導の治験数のみが政策に反応し、約180%増加したことが明らかになった。医師主導治験は、企業が開発意欲を持ちにくい分野において医師が開発することを可能とした制度であり、企業主導治験のみが市場規模拡大に反応したのは妥当であろう。
また、治験を促進する効果は、研究が進んだフェーズ(Phase2)において認められたが、Phase1では認められなかった。この1つの解釈として、Phase1の段階で「お蔵入り」となっていた薬剤や機器に関して、医療費助成による市場拡大により、Phase2以降の治験が開始された可能性が考えられる。
政策インプリケーション
- 医療費助成(需要サイドの政策)が研究開発を促進するインパクトは大きく、医療費助成を小規模な医療関連市場におけるイノベーション政策の一部として位置づけ、検討されるべきと考える。ただし、需要サイドの政策と 供給サイドの政策をどのように組み合わせ厚生を最大化するかは今後の重要な政策課題である。
- 他の小規模市場においても、需要拡大につながる政策を実施することで、イノベーションが促進される可能性がある。
- 医療費助成は、患者の現時点での医療費負担を軽減するだけでなく、医薬品や医療機器の開発を促進することで、将来よりよい治療がうけられる可能性も高めている。この点で医療費助成は患者にとって二重のメリットをもたらすといえる。
- 2015年に、医療費助成の対象となる難病が大幅に増加したが、本論文の結果から、これらの疾患に関する研究開発も今後促進されると予想される。