執筆者 | 細野 薫 (ファカルティフェロー)/宮川 大介 (一橋大学)/滝澤 美帆 (東洋大学)/山ノ内 健太 (慶應義塾大学) |
---|---|
研究プロジェクト | 企業成長のエンジンに関するミクロ実証分析 |
ダウンロード/関連リンク |
このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011〜2015年度)
「企業成長のエンジンに関するミクロ実証分析」プロジェクト
経済成長のドライバーとして、無形資産への期待が拡大している。下図は1985年から2010年までの有形資産と無形資産の投資額(出典:RIETI JIPデータベース)を示したものであるが、90年代以降の時期において有形資産投資(実線)が明確な減少傾向を示す中、無形資産投資(破線)は安定的に増加していることが分かる。ここで計測されている無形資産は、研究開発投資の帰結である研究開発ストックのほか、情報関連資産の一類型であるソフトウェア資産や、広告宣伝支出をストック化したものを含んでいるが、企業の事業活動が高度化するにつれて、こうした無形資産の果たす役割が今後もますます大きなものとなることが予想される。
企業活動にとって無形資産の果たす役割が今後も拡大していくという素朴な理解が共有されている一方で、そうした無形資産投資が有形資産のダイナミクスとどのような関係を有しているのかという点について、学術的な研究は必ずしも進んでいない。両資産が代替・補完の何れの関係にあるのかを理解することは、たとえば、技術進歩などで生じた無形資産の価格低下が無形資産投資の増加を生み出すと共に、有形資産投資へどのような影響を与えるのかを考える上で重要な情報を提供するものである。
本研究では、こうした関心に基づき、有形資産と無形資産の代替・補完関係を明示的に分析出来る柔軟な生産関数を用いて産業レベルの生産関数推定を行い、産業毎に両資産がどの程度の代替・補完関係を有しているかを検討している。下図はこの推定結果を図示したものであり、推定値が絶対値で見て大きな正(負)の値であるほど両資産が強い補完(代替)関係にあることを意味している。
上図が示す通り、有形・無形資産の間の代替・補完関係には産業レベルで大きな異質性がある。こうした結果は、たとえば、無形資産価格の低下が生じた場合に両資産のダイナミクスへどのような影響が生じるか、また結果として生産額にどういったインパクトが生じるかを検討する上で重要な情報を与えるものである。実際、本研究では有形資産の投資と無形資産の投資との関係は、両資産の代替・補完関係によって異なることが確認された。下表第一列は、こうした問題意識から、産業毎に推定された生産関数と投資関数を用いて、各産業で1%の無形資産の増加が生じた場合に産業毎のアウトプット(付加価値)がどのように変化するかを試算した結果をまとめたものである。各産業の規模を反映して、無形資産の増加がアウトプットへ与える影響のサイズはまちまちであるが、本稿で分析対象とした産業を合計すると、2380億円程度アウトプットが増加することが分かる。
本稿で分析対象とした産業の総付加価値額が日本経済全体の付加価値額の39%程度を占めることを踏まえると、上表の結果は、1%の無形資産増加が6100億円(2380億円÷0.39)程度のGDP増加をもたらすことを意味している。ちなみに、我々が分析に用いた企業レベルのデータセットから無形資産の増加率についてその標準偏差を計算すると28.9%であった。仮に全企業がこのサイズの無形資産増加を実現した場合、GDPへ与える影響は17兆6290億円と経済的に無視できない規模となることも分かる。
尚、上表の第二列は、同様の計算を行う際に、無形資産の増分に対応した有形資産投資の変化を無視した場合の結果である。一見して明らかなように、こうした有形資産投資の内生的な変化を無視すると、無形資産の増加が実物経済へ与える影響を過大に評価してしまう可能性がある点にも、注意が必要である。
本研究の結果は、経済成長の要因として有形資産の設備投資動向を議論する際に、併せて無形資産の投資動向についても議論する必要があることを示唆している。両資産間の代替・補完関係を把握することで、今後一層の伸長が予想される無形資産投資が、有形資産のダイナミクスと相俟ってどの程度の経済成長をもたらすかをより正確に議論することが可能となる。