このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「貿易費用の分析」プロジェクト
リカードモデルやヘクシャー=オリーンモデルといったような国際経済学の伝統的モデルでは、分析の簡単化のために輸送費を無視している。しかし、実際の貿易においては、輸送費を無視することは到底できない。Anderson and van Wincoop (JEL,2004)によれば、先進国において、関税と非関税障壁は従価換算で7.7%、輸送費は10.7%である。したがって、貿易政策を考察する場合には、輸送費への影響を勘案することが非常に重要となる。
輸送費への影響を考慮するためには、輸送セクターがどのような特徴を持っているかをつかんでおく必要がある。輸送セクターの大きな特徴としては、1)市場支配力、2)バックホール問題の存在、3)往路と復路での輸送費の非対称性が挙げられる。輸送企業は、往路・復路両方の輸送量を勘案して輸送容量を決定するので、往路あるいは復路のどちらかで輸送容量がすべて利用されない可能性がある。これがバックホール問題である。輸送企業は、バックホール問題がなるべく生じないよう、すなわち、往路も復路も積み荷が一杯になるようなるべく効率的な輸送を心がけている。
自国が輸入を制限するような政策、たとえば関税や輸入割当といった政策によって、自国の輸入量が減少するとき、輸送企業が効率的な輸送を行っているとすると(すなわちバックホール問題が生じてないとすると)、自国の輸入量減少が輸送容量を減少させて自国の輸出を制限してしまう。輸入量の減少そのものは自国企業に利益をもたらすが、輸出量の減少は自国企業に損失をもたらし、場合によっては、自国企業が自国の輸入制限政策から損失を被る可能性がある。すなわち、関税や輸入割当といった輸入制限政策は、自国の消費者のみならず、自国企業にも悪い影響を及ぼしかねない。このことは、貿易自由化を進める根拠の1つとなり得る。
また、外国が輸入制限的な政策を採っている場合に輸送容量を上げるような政策、たとえば、輸送企業への補助金をうまく設計すれば、自国の輸出増加につなげることができる。したがって、政府は、貿易促進のためには、貿易政策のみに固執することなく、輸送セクターへの政策にも目配りすることが大事となる。
以上から、WTOなどの貿易自由化交渉の場でも輸送セクターを考慮した議論が強く望まれる。