ノンテクニカルサマリー

研究開発税額控除は研究開発投資を促進するか?―資本コストと内部資金を通じた効果の検証―

執筆者 細野 薫 (ファカルティフェロー)
布袋 正樹 (関西国際大学)
宮川 大介 (一橋大学)
研究プロジェクト 日本企業の競争力:生産性変動の原因と影響
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「日本企業の競争力:生産性変動の原因と影響」プロジェクト

研究背景と分析概要

長期的な増加傾向にあった本邦企業の研究開発投資について、1990年代以降はその伸び率が大きく低下している。一例として、総務省「科学術研究調査」の結果から、企業など(営利企業および公団・公社)の研究開発費は、1981‐1990年の期間において平均11%の伸び率であったが、1991‐2000年の期間では1.7%に低下し、2001‐2010年の期間についても1.1%と低迷していることが分かる。こうした傾向の主因としては、たとえば、バブル崩壊以降の時期における企業の財務状態の悪化が指摘されている。研究開発投資の伸び率の低下が日本経済の生産性の停滞に繋がる可能性を踏まえて、近年、日本では研究開発投資を促進するための手段として研究開発税額控除制度が拡充されてきた経緯にある。こうした政策的な支援を背景として、2003年度税制改正による「試験研究費の総額に係る税額控除制度」の創設以降、研究開発税額控除の利用額は大きく増加している。

研究開発税額控除の利用は、主として、2つのチャネルを通じて研究開発投資を促進する効果を有すると考えられる。第1に、当期税額控除の利用は資本コストの低下を通じて研究開発投資を促進する。第2に、前期税額控除の利用は内部資金の増加を通じて研究開発投資を促進する。本研究では、資本金1億円以上の中堅・大企業のデータ(2007年度)を用いて、税額控除の利用が研究開発投資に及ぼす効果を推定した。本稿における分析の特徴は、こうしたテーマに対して、外部資金制約の有無や税額控除の利用時点といった、先行研究では捨象されてきたポイントを明示的に取り扱った分析を行うことで、税額控除制度の正確な政策評価を行った点にある。

主な推定結果

以下の図は、当期税額控除の利用が当期研究開発投資・売上高比率に与える影響について、分析対象の全サンプルと外部資金依存度に基づいて分割したサブサンプルを用いて推定した結果を示している。まず、全サンプルを用いた推定結果から、当期に税額控除を利用した企業が利用しなかった企業に比して平均的に0.8%ポイント高い当期研究開発投資・売上高比率を示していることが分かる。次に、外部資金制約の有無による効果の違いについては、税額控除の利用が当期研究開発投資・売上高に与える影響が、外部資金依存度が高い産業に属する企業(0.15%ポイント)よりも外部資金依存度が低い産業に属する企業(1.46%ポイント)で大きいことが分かる。

図:当期税額控除利用の有無による当期研究開発投資・売上高比率の違い
図:当期税額控除利用の有無による当期研究開発投資・売上高比率の違い
(注1)図には操作変数法による推定結果を示している。
(注2)外部資金依存度は、1981‐2007年における日本の上場企業をサンプルとして計算した(設備投資額-営業キャッシュフロー)の設備投資額に対する比率の産業レベルの中央値であり、この値が全産業サンプルの中央値を境界として、それより高い産業を「外部資金依存度が高い産業」、それより低い産業を「外部資金依存度が低い産業」としている。前者は後者よりも外部資金制約に直面しやすいと考えられる。

本稿ではこのほか、前期税額控除の利用が内部資金の増加を通じて当期研究開発投資に影響を与えるという理論的な想定を踏まえて、前期税額控除の利用が流動資産・売上高比率を上昇させるかどうかを検証した。この検証の結果、外部資金依存度の高低に関わらず、前期税額控除の利用は流動資産・売上高比率を有意に増加させないことが分かった。

結論

(1) 当期における研究開発税額控除の利用は、外部資金制約に直面しにくい産業に属する企業においては資本コストの低下を通じて大きな投資促進効果をもたらすが、外部資金制約に直面しやすい産業に属する企業においては、その効果が外部資金の利用に伴うエージェンシーコストの増加により一部相殺されてしまう可能性がある。

(2) 外部資金制約に直面しやすい産業に属する企業は、税額控除制度の利用を通じた内部資金の増加によって、研究開発投資がより促進されることが理論的には想像されるが、こうした企業についても、前期における税額控除の利用は内部資金の蓄積を必ずしも促進しておらず、研究開発投資を増加させることに寄与していない可能性が高い。

これらの分析結果は、税額控除がもたらす内部資金の増加が研究開発投資の促進という観点からは十分な効果を有していないこと、また、外部資金に関して企業が何らかの制約下にある場合には、研究開発税額控除制度が必ずしも大きな効果を発揮していないことを示唆している。

本稿での分析から得られる政策的な含意としては、第1に、資金制約に直面しやすい企業に対して、エージェンシーコストを低下させる研究開発向け金融支援など税制を補完する政策手段を充実させることで、資本コストの低下を通じた研究開発税額控除の効果を高められる可能性があると考えられる。第2に、税額控除を通じて内部資金の蓄積を間接的に政策支援するほかに、補助金制度を充実させることで研究開発の直接的な資金援助を行うといった政策オプションを検討する余地があると考えられる。