株式市場の変動がベンチャーキャピタルの資金供給へ与える影響について:マッチレベルデータを用いた実証分析

執筆者 宮川 大介 (一橋大学)
滝澤 美帆 (東洋大学)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

ベンチャーキャピタル(VC)によるベンチャー企業への資本性資金の投資フローが株式市場の変動に応じて大きく変動するという現象は、欧米に限らず日本においても確認されている(図1参照)。「VC投資サイクル」と呼ばれるこの現象を分析した代表的な研究であるGompers et al. (2008)は、投資経験の「豊富な」VCによる株価上昇(低下)局面における投資の増加(減少)がVC投資サイクルの主因であることを指摘している。しかし、彼らの分析ではこうした結果がファンドの需要サイドと供給サイドの何れの要因に依っているのかを明らかにしていないため、その意味するところが必ずしも明らかではない。

こうした議論を踏まえて、本研究では、個々のベンチャー企業に対する、複数のVCからの、複数時点に亘る資金供給履歴を格納したユニークなデータセットを用いて、VC投資サイクルの主因を正確に理解する。

図1:日本におけるベンチャーキャピタルの投資フロー
図1:日本におけるベンチャーキャピタルの投資フロー
出典:一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンター「ベンチャー白書 2014 発表資料 国内ベンチャー投資動向」、サンプル:国内 VC 101 社(調査協力依頼 207 社 回答率 48.8%)

具体的には、1991年から2012年までの間に日本で行われた600社のVCによる2600社のベンチャー企業への6000件に及ぶ投資実績データを用いて、投資企業の資金需要要因を取り除いた分析を行うことにより、資金供給サイドのVC属性(特にVCの投資経験)が当該VCの資金供給へどういった影響を与えているか、またそうしたパターンが株式市場の変動によってどういった影響を受けるかを検討した。この意味で、本稿の分析は、Gompers et al. (2008)における分析から供給サイドの要因のみに紐付けられる部分を取り出す試みともいえる。

本稿での分析から得られた結果は、投資経験の豊富なVCが傾向的に大きな規模の投資を行うという自然なパターンとともに、そうしたパターンが株価指数の低下局面においてより顕著になることを示している。つまり、資金供給サイドの要因のみに着目する限り、株価の低下局面における集計レベルの投資減少の主因は経験の「乏しい」VCにあるということになる。

興味深いことに、Gompers et al. (2008)との比較を行う趣旨から、あえて投資企業の資金需要要因を取り除かない分析を行った場合、こうした結果は得られない。つまり、資金供給サイドと資金需要サイドの両方の要因を分離することなく分析の対象に含めたことで、株価の低下局面における集計レベルの投資減少に対する投資経験の「豊富な」VCの貢献が大きくなる。このことは、株価の低下局面において観察される投資フローの減少が、(1)ベンチャー企業の資金需要低下に対応した投資経験の「豊富な」VCによる資金供給の減少というメカニズムと、(2)資金供給サイドの事情を反映した投資経験の「乏しい」VCからの資金供給が(例:VC自身の資金調達環境の悪化などを反映して)低下している、という2つの異なるメカニズムから構成されていることを示唆している。

VC投資サイクルがこうした複数の要因によってドライブされている可能性があるという本稿での発見は、図1における集計レベルの投資フロー額の変動の背景を正確に理解するうえで重要な情報を与える。第1に、投資フローの低迷の一部が、需要不足に対応した「自然な」資金供給の減少(=経験の豊富なVC)を反映している可能性があるという発見は、こうした時期において経験豊かなVCへ更なる資金供給を期待することが誤りであることを意味する。第2に、当該投資フロー額の低迷の一部が、資金供給サイドにおける何らかの事情を反映した供給制約(=経験の乏しいVC)を反映している可能性があるという発見は、こうした時期において政策的に支援すべきVCの属性を示唆するものでもある。勿論、本稿での分析が投資額の大小のみを評価の軸としており、投資の結果であるベンチャー企業の成長や投資パフォーマンスそのものの評価を含んでない点には注意が必要である。仮に、経験の乏しいVCによる投資案件のパフォーマンスがシステマティックに芳しくないという事であれば、後者の含意は必ずしも妥当ではない。

本稿での分析は、資金の需要と供給という2つの要因によってファンドの資金フローが決定されている場合において、それらの要因を正確に識別せずに結果を解釈することの問題点を指摘するものでもある。日本においては、学術目的で利用可能なデータベース(例:(株)ジャパンベンチャーリサーチ社)が急速に蓄積されているが、こうした精緻なデータを用いることで、経済成長の重要な源泉の1つであるベンチャー企業への有るべき資金供給の絵姿を正確に描くことが、今後の政策運営及び金融実務において重要であると考えられる。

文献
  • Gompers P., Kovner, A., Lerner, J., and Scharfstein, D. (2008). Venture Capital Investment Cycles: The Impact of Public Markets. Journal of Financial Economics 87, 1-23.