会計情報の質と信用保証貸付の実証分析:日本の中小企業における検証

執筆者 金 鉉玉 (東京経済大学)
安田 行宏 (一橋大学)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

本稿の目的は、政府による信用保証貸付をトランザクション型貸出とみなし、会計情報の質が信用保証貸付の利用確率および貸出金利に対してどのような影響を与えているのかを実証的に分析することである。

より具体的には、2008年10月末に導入された緊急保証制度に注目し、企業の利益情報の質が信用保証の利用確率と貸出金利に対して影響を与えるのか否かを、企業のミクロデータに基づき検証を行う。同様に、信用保証のつかない、いわゆるプロパー貸付についても企業の利益情報の質が利用確率および貸付金利に対して影響を与えるのか否かを検証することで、貸出方法によって上記の影響が異なるか否かを分析する。

本稿では会計情報の質として利益情報の質に注目し、さらに利益情報の質の代理変数として会計発生高(アクルーアル)の質を用いている。ここで会計発生高とは、端的にいえば、利益とキャッシュフローの差のことを指す。今日の発生主義会計の元では収益認識とキャッシュフローの流入の間にはタイミングがずれることがある。たとえば、今期の売上高のすべてが今期にキャッシュで回収された場合には収益とキャッシュフローの間に差はなく、したがって会計発生高は生じない。しかし、今期の売上高のうち一部が売掛金として次期に回収される場合は、収益とキャッシュフローの間に差が生じることとなり、これが会計発生高である。また、今期の前受収益はキャッシュフローとして今期企業に流入するが、収益として認識されるのは翌期以降となり、収益とキャッシュフローの間にずれが生じる。これらの例が示すように、キャッシュフローと利益の差を調整するのが会計発生高である。

本稿では会計発生高のモデルとしてDechow and Dichev (2002)に基づき、日本の中小企業を対象にそれを推計し、その推計誤差(の絶対値)を会計発生高の質とする。上記の例で言うと、売掛金の回収が取引先の倒産などによって滞ると、利益とキャッシュフローの関係の推計誤差の要因となり、会計発生高の質の低下となる。

本稿の分析結果をまとめたのが図表である。まず、会計発生高の質が高いほど信用保証の利用確率が高いことが分かった。このことは、信用保証協会による審査プロセスにおいて信頼に足る会計情報であることが重要であることを示唆する結果である。他方で貸付金利に対しては、会計発生高の質と信用保証貸付と貸出金利水準との間には相関関係が見受けられなかった。これは緊急保証の場合には100%保証であるため、貸付金利にリスクプレミアムが反映されていないことによると解釈できる。

続いて、プロパー貸付(保証なし貸付)をリレーションシップ貸出と見なして同様の検証を行ったところ、会計発生高の質とプロパー貸付の利用確率との間には統計的に有意な関係は見受けられない一方で、会計発生高の質が高いほど、プロパー貸付の貸出金利水準が低いことが実証的に明らかとなった。これは会計情報の質を銀行は貸し付け条件に反映させていることを示唆しており、リレーションシップ貸出を行う銀行の会計情報の活用とその反映の仕方が、信用保証協会のそれとは異なることを示唆する結果といえる。

以上の実証結果は、中小企業に対する融資の審査プロセスにおいて会計情報が効果的に活用されているものの、その有効性は貸付方法によって異なることを含意しているといえる。本稿の分析結果を踏まえると、中小企業においても会計情報の質の向上は資金のアベイラビリティーを向上させるものであり、中小企業会計の基準の整備はこの意味で重要であると考えられる。実際、2012年2月に「中小企業の会計に関する基本要領」(「中小会計要領」)が公表され、中小企業の会計基準の整備が一歩進んだといえる。しかし、中小企業の財務情報の一般からの利用可能性は上場企業や大企業のそれに比べると低く、実証研究の蓄積は限られているのが現状である。国際会計基準が中小企業会計にも関心を当てていることを踏まえると、さらなる諸制度の整備に向けて多様な観点からの検証が必要であると考えられる。

図表:会計情報(会計発生高)の質が緊急保証貸付とプロパー貸付の利用確率・貸付金利に与える影響
(論文の図表6,7,8の実証結果の一部を抜粋)
緊急保証貸付 プロパー貸付
利用確率 (限界効果) 貸付金利 利用確率 限界効果 貸付金利
会計発生高の質 13.10**
(2.51)
2.30 -0.00
(-0.17)
-4.84
(-0.77)
-0.95 -0.19***
(-6.90)
注1)会計発生高の質は、Dechow and Dichev (2002)のモデルに基づき、パネルデータに対して固定効果モデルで推計。
注2)限界効果は、説明変数を平均値で評価したときに、追加的な利用確率の変化率を表している。
注3)**あるいは***は、利用確率に対して影響を与えないという仮説が、高い統計的な有意水準(前者が5%水準、後者が1%水準)で棄却されることを示している。