執筆者 |
青木 玲子 (ファカルティフェロー) 新井 泰弘 (高知大学) |
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研究プロジェクト | 標準と知財の企業戦略と政策の研究 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
技術とイノベーションプログラム (第三期:2011~2015年度)
「標準と知財の企業戦略と政策の研究」プロジェクト
本研究では企業やパテントプールのような団体が知的財産権を用いて技術標準を形成している場合のイノベーションと、その結果としての標準の変遷について分析を行った。標準間の競争を考えた場合、既存標準が新規標準に比べて有利な点として(1)新規標準よりも先に戦略的な行動が取れる。(2)既存標準を利用している顧客基盤が存在している、の2点を挙げることが出来る。
このような状況下において、消費者は新規の標準と既存標準のどちらか一方を選択する。前述した通り、既存標準には一定の顧客基盤が存在しているため、標準技術と補完的な技術が存在しているケースが多い。そのため、消費者が新規の標準を利用しようとする場合、標準の切り替えに際して一定の費用を支払う必要がある。
本稿においては、以上のようなケースにおける既存企業の投資行動を分析した。各企業の投資行動は、既存標準の技術水準が成熟しているか否かによって変化する。分析結果は以下の表でまとめることができる。
既存標準企業の戦略 | 新標準企業の戦略 | |
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技術水準が未熟 (技術改善費用が低い) | 新標準の参入を阻止するために高水準の技術開発投資を行う。 | 既存企業の行動を読み込んで、投資をあまり行わない。 |
技術水準が成熟しており、既存の顧客基盤が弱い (技術改善費用が高く、標準切替費用が低い) | 参入阻止行動が高コストとなるため新標準と共存。 | 既存企業の行動を読みこんで、共存する。 |
また、求められた各企業の投資行動から、新標準が旧標準を完全に追い出してしまうような均衡が存在しないことが示せた。本研究の結論は、既存標準が、(1)既存標準の技術に対して投資を行うことで品質を向上させて価値をあげるか、(2)顧客基盤の強化や補完的な技術に対する投資を行い、標準使用者が他の標準に乗り換えにくくするといった2種類の投資行動を用いることができる場合に関しても基本的に維持されることが示せる。
本研究の結果から得られる政策的含意は以下のようにまとめられる。
日本国内の市場競争を分析の主眼とした場合は、社会厚生の観点からは新旧両方の標準が存在し、競争を行ってもらうのが望ましい。このような状況下において政府が積極的に研究開発補助金を出してしまうと、技術改善費用が低下し一方の標準が市場から追い出されてしまう。この場合、独占が進み商品価格が上昇することで社会全体には悪影響を及ぼす可能性がある。
国際的な標準競争を考えた場合、技術標準から得られる利潤が大きなものとなるため、業界唯一の標準を打ち立てることが望ましい可能性がある。
技術水準が未熟な産業において国際標準競争に我が国の技術標準が参加する場合、以下のような政策提言が考えられる。もし我が国がその標準競争で先導者的な役割を果たしているならば、その標準の研究開発投資を積極的に促し、技術標準を独占できるように政策支援を行うべきである。なお、研究開発投資を考える際に重要になるのは、新技術などの開発だけでなく、抱えている顧客基盤を逃さないような補完的技術の開発にも注力する、という点である。本研究の結論から分かる通り、革新的な技術によって形成された新標準が既存標準を押し出すような標準の世代交代は、不確実性などの特別な状況がない限り起こらないと考えられるため、最初の一手は非常に重要になる。逆に、我が国が新標準を掲げて参入する立場にある場合、政府が積極的に研究開発投資に対して補助を行わない限り、市場に食い込むことは困難である。
技術水準が成熟している産業においては、参入阻止行動が高コスト行動となるため、標準が2種共存する可能性がある。この場合においても政府の積極的な支援が重要となる。本稿の結論からも分かる通り、業界唯一の標準として成立するためには、技術改善費用の低下と高標準切替費用が必要となる。よって、研究開発のみならず、顧客基盤の維持に対する戦略的な補助を行うことが必要となる。
本研究の政策的な意義付けは、国策としての標準化を考える場合の公的補助の在り方として、標準切替費用の重要性を併せて説いたものであるといえる。