執筆者 | 近江 晴美 (みずほ第一フィナンシャルテクノロジー株式会社)/沖本 竜義 (客員研究員) |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
その他特別な研究成果 (所属プロジェクトなし)
問題の背景
過去20年を振り返ると、国際金融勢力による投資資金の流れが、金融市場の動向や共変動構造を大きく変化させた。たとえば、2008年のリーマンブラザーズの破綻をきっかけとした世界的な金融危機は、発端は米国独自の問題であったが、国際金融勢力の資金の引き上げを通じて、全世界に広まり、世界同時株安ならびに原油価格などの商品価格の急落をもたらすこととなった。また、2009年10月のギリシャ政権交代による国家財政の粉飾決算の暴露をきっかけとしたギリシャ国債の暴落は、国際金融勢力の質への逃避により、ポルトガルやスペインの国債価格の暴落も引き起こし、欧州ソブリン危機へと発展した。
このように、金融市場では、1つの国や地域で起こった現象が国際金融勢力の資金の流れを通じて、他国の金融商品の価格にまで影響を及ぼすということが、頻繁に見られるようになった。したがって、国際金融勢力の拡大に伴い金融市場の動向や共変動構造にどのような変化が起こっているのかを定量的に評価することは、非常に重要なテーマとなっており、多くの研究が行われている。たとえば、主要国の株式市場の共変動は、過去20年で大きく上昇し、分散投資効果が大きく減少していること、長期金利の決定に関して、金融政策だけではなく、国際金融市場の動向が果たす役割が大きくなってきていることなどが報告されている。また、株式と債券(国債)の共変動構造を分析したものも多く、株式と債券の相関の時間的な変動が、VIX、短期金利、長短金利差などで、比較的うまく説明できることなどが報告されている。本研究は、これらの先行研究を受けて、株式と債券の相関におけるトレンド的な動きの存在を検証したうえで、株式と債券の共変動の決定要因を明らかにし、国際金融勢力の質への逃避の動きが株式と債券の共変動に及ぼした影響の定量化を試みている。
本研究の主な結果
第1に、米国、ドイツ、イギリスの3カ国を用いた分析では、株式と債券の共変動に、有意な負のトレンドが存在することが明らかとなった。より具体的には、株式と債券の相関のトレンドを図示した図1(a)からわかるように、1999年まで0.4程度であった相関が、2003年にかけて-0.3まで低下し、2012年には-0.5程度まで平均的に低下していることが明らかとなった。また、この下降トレンドを考慮に入れると、先行研究で株式と債券の相関の有力な決定要因とされていた短期金利や長短金利差の説明力が大きく低下し、株式と債券の相関の時間的変動はVIXと下降トレンドによって、比較的うまく説明できることが確認された。第2に、株式と債券の相関の下降トレンドは、信用リスクの低いオーストラリア、カナダ、フランス、日本、スイスでも同様に確認された。図1(b)は各国における、株式と債券の相関のトレンドを図示したものであり、トレンドの形状にやや差はあるものの、近年は全ての国において-0.4程度になっていることが示された。第3に、イタリア、ポルトガル、スペインの国債の信用リスクが大きい3カ国に関しては、株式と債券の相関に下降トレンドは観察されず、逆に2009年末のユーロ危機の開始とともに、大きく上昇していることが判明した(図1(c)参照)。
政策的インプリケーション
本研究の結果は、国債の信用リスクが低い国に関しては、90年代は、株価と債券価格が同じ方向に動く傾向があったが、2000年代に入り、2つの資産の価格が逆の方向に動くようになり、その傾向が次第に強くなっていることを示唆している。この共変動の変化は、国際的な株式市場の関連性が高まり、分散投資効果が減少していることに対応するものであると考えられる。より具体的には、国際株式市場の関連性が強くなるにつれ、投資家は、株価が同時に下がるリスクを国際株式市場だけでコントロールするのが難しくなり、債券市場をリスク回避の場として、利用する程度が強くなっていることを示唆している。つまり、近年、国際金融勢力の質への逃避行動が顕著になっている結果である。また、本研究の結果は、この投資家の質への逃避行動が、国債の信用リスクが高い国においては、株式と債券の価格が同時に下落する傾向を、近年、高めていることも示唆している。したがって、健全な国債市場は、株価の暴落時に投資家にリスクを回避する場を提供し、大きな金融危機を未然に防ぐことができる可能性を示唆する一方、財政破綻が懸念される国においては、株価の暴落が国債価格の暴落を引き起こし、金融危機を加速する可能性を示唆している。
以上の結果は、国際金融勢力の行動が金融市場の共変動構造に与えた影響に関して、新たな証拠を提供しており、このような変化を考慮に入れて、政策立案をすることが重要になってきていることを強く示唆している。また、本研究の分析によると、日本は、財政破綻の可能性が低い国として、市場からまだ認識されていることが示唆されたが、日本は膨大な政府債務を抱えており、日本の財政破綻の可能性が高いといつ認識されてもおかしくない状況にある。本研究の結果は、日本国債の信用リスクが大きいと認識されると、株価と日本国債価格の暴落が同時に起こる可能性が高くなることを示唆しており、日本の財政運営に警鐘を鳴らすものであるとも考えられる。