ノンテクニカルサマリー

JAL-JAS合併に関する定量的評価

執筆者 土居 直史 (札幌学院大学)/大橋 弘 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト グローバル化・イノベーションと競争政策
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「グローバル化・イノベーションと競争政策」プロジェクト

国内外で航空産業の再編が進んでいる。わが国では、最近スカイマークが民事再生手続きに入り、複雑な変遷を辿った末に全日空(ANA)の傘下での再建に取り組むことが決まった。わが国の国内線ではANAとJALによる実質的な寡占状態となるが、今後の国内航空市場の競争性に対して懸念の声も聞かれる。本稿では2002年10月のJALと日本エアシステム(JAS)との経営統合を振り返ることによって、航空産業における経営統合が国内市場に与える影響を定量的に分析する。なお、JAL-JAS合併計画を進めるにあたっては、国土交通省による競争促進策や公取委による問題解消措置の実施が前提とされていたことから、本稿ではこうした行政による施策の妥当性や効果についても検証をする。

企業同士の経営統合は、経済学的に2つの相反する効果を生み出すことが知られている。1つは競争企業数が減少することによって競争が減殺される効果であり、もう1つは規模拡大などを通じて経営などの効率性を向上させる効果である。国内路線別に合併前後である2000年から2005年のデータを用いて、産業組織論における定量分析手法を応用した。構造モデルを用いることで、JAL-JAS合併が行われなかったという現実には起こらなかった仮想的な状況における市場均衡をシミュレーションによって導出し、合併した状態(現実)と比較することで合併の効果を定量的に導出した。得られた合併効果を以下の表に示す。本稿で得られた結果は以下の3つである。

  1. JAL-JAS経営統合は、統合会社の限界費用を統合前と比較して2-7%低下させたことが明らかになった。これはネットワークを統合したことによる路線数の増加が寄与している。また供給モデルを統計的に検定したところ、当時懸念されていた共謀(カルテル)は合併後に見られていないことが分かった。但し、合併前にJALとJASの2社しかいない路線では、効率性向上を上回る競争減殺効果が見られたことから運賃が上昇していることが分かる。
  2. JAL-JAS合併に伴う羽田空港発着枠の回収再配分による新規参入促進策は、一定の効果があったことが分かった。しかしJAL-JAS複占路線には新規参入がなかったことから、競争制限効果の抑止の観点からの効果は見られなかった。
  3. 合併に対する問題解消措置の1つとして、全路線一律に運賃を向こう3年間10%引き下げることが予定された。この措置は、イラク戦争や新型肺炎(SARS)の影響により1年を待たずに打ち切られたが、国内航空の寡占状態に対しては一定程度の短期的な効果を持ったことが分かった。他方で一部の路線ではフライト頻度が減少する効果が強く働いたことから、消費者余剰や社会余剰に与える影響は必ずしも一様にプラスというわけではないことも明らかになった。

わが国では、空港における発着枠や電気通信における電波域などの権益配分は、市場メカニズムに依らずに行政がルールに基づいて配分している。他方で、経営統合などを通じて権益が企業間を移転している点で、権益に関して二次市場での経済取引が行われていると擬制できる。公的資産を活用する事業においては、権益配分がその後の市場の競争性に大きな影響を与えることから、公的資産の利用に関する権益配分のあるべき姿について、イノベーションの活性化や競争促進を含めた総合的な観点からの見直しが、今や必要であることが示唆される。

JAL-JAS合併効果
構造推定手法によってJAL-JAS経営統合が行われなかった仮想的な状況をシミュレーションし、現実(JAL-JAS合併が行われた状況)のデータとの比較を行っている(166国内路線について、2002年10月から2005年12月までの月次における平均)。「路線間平均」では、166路線を合併前の競争状況に応じて3タイプに区分し、運賃およびフライト頻度について比較をしている。「全路線計」では、国内路線全体での経済厚生の評価をJAL-JAS合併有無の比較において行っている。
路線間平均運賃JAL-JAS-ANA競合-1.0%(5.0) **
JAL-JAS複占1.6%(1.8) ***
その他-0.9%(1.0) ***
フライト頻度JAL-JAS-ANA競合23.4%(15.4) ***
JAL-JAS複占49.7%(32.6) ***
その他10.5%(18.9) ***
全路線計消費者余剰4.3%(2.9) ***
生産者余剰JAL-JAS43.0%(13.6) ***
非合併社1.0%(1.4) **
社会的余剰6.8%(3.0) ***
注:カッコ内の数字は標準偏差を表す。***, **, *はそれぞれ1, 5, 10%有意を示す。