ノンテクニカルサマリー

不動産価格が異なる種類の企業投資に与える効果

執筆者 間 真実 (一橋大学)/植杉 威一郎 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

はじめに

不動産価格が上昇(下落)すると、担保価値が上昇(下落)して銀行からの借り入れが容易(困難)になるために、企業は設備投資を増やす(減らす)など活動水準を引き上げる(引き下げる)。不動産価格の変化により企業活動が影響を受ける経路は、従来から「担保チャネル」と呼ばれ、これまでにも数多くの分析が行われてきた。しかしながら、一口に企業の設備投資といっても、土地、建物、設備機械などさまざまな種類が存在しており、これらさまざまな種類の投資は、不動産価格の変化に対して異なった反応を示すと予想される。たとえば、不動産価格が将来上昇すると予想されている場合には、土地や建物に対する投資を今のうちに行っておこうという行動が起きるが、それ以外の資産への投資が増えるかどうかは、企業が不動産とそれ以外の資産をどのように組み合わせて生産活動を行うかに依存する。

バブル崩壊後20年以上にわたって不動産価格の下落が続いてきた日本では、都市圏を中心に不動産価格が反転上昇する地点が増加し、ミニバブルという指摘もあるなど大きな変化が生じている。こうした中で、不動産価格が企業による投資にどのように異なる影響をもたらすかを検証することは、資産価格と実体経済との関係をより正確に理解するためにも重要である。

今回は、新たな試みとして、経済産業省の企業活動基本調査データと、国土交通省が長年にわたって蓄積している企業の土地取引に関する調査データを接合して、地価下落期(1997年から2006年)における地価と設備投資全体、土地投資との関係を検証した。

不動産価格期待に反応しない企業の土地投資

実証分析から得られた特徴は、不動産価格変化の大半を占める土地価格の変化は、企業の設備投資全体には影響するが、土地投資には有意な影響をもたらさないという点である。シンプルな理論モデルでは、将来の地価下落期待は、担保チャネルを通じて現在の企業全体の設備投資を引き下げるだけでなく、現在の不動産投資も減少させると予想できるが、実際には、不動産のうち土地に対する投資には有意な影響が及んでいないことが分かった。

もっとも、企業の土地投資は土地購入と土地売却から成り立っており、地価は企業の土地購入・売却のいずれかに有意な影響をもたらしているかもしれない。この点を検証するために、土地購入と土地売却量それぞれを被説明変数に用いて地価変化率の影響をみたところ、地価変化率の低下は、土地売却量を増加させるのではなく減少させることが分かった。具体的には、地価変化率が10%ポイント低下すると、企業が売却する土地の保有土地に占める比率も0.1%ポイント低下する。企業の土地保有は本来安定的で年間の土地売却比率が0.7%であること、表で示すように1990年代後半以降多くの都道府県で毎年地価下落を記録したことを踏まえると、バブル崩壊後の地価下落により、企業による土地売却は相当程度減少したといえる。

表:都道府県別公示地価の対前年変化率の推移(1990~2014年、赤部分は前年比上昇、青部分は同下落)
表:都道府県別公示地価の対前年変化率の推移(1990~2014年、赤部分は前年比上昇、青部分は同下落)
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(注)1~47は都道府県コードを表す。1は北海道で47は沖縄県

結果の解釈と政策的な含意

不動産価格の下落が見込まれる中で、日本企業はなぜ土地を売らずに保有する傾向を強めたのだろうか。1つの仮説は、企業は土地の購入時点での価格を基準とするので、購入価格を下回るような地価下落が生じると、潜在的な売り手企業数が減少するというものである。

追加的な検証では、バブル期やバブル崩壊直後に土地を取得した企業や規模が大きい企業ほど、地価下落に伴う土地売却量の低下幅が大きいことが明らかになっている。また、国土交通省の法人土地基本調査を集計すると、特に従業員数300人超の企業において、空地で土地を保有している企業の比率が1998年から2008年まで上昇傾向にある。これらを踏まえると、購入価格が高い土地を保有しておりかつ財務上余裕のある企業において、土地が利用されない状態で保蔵されるいわばlock-inと呼びうる状況が生じている可能性がある。

仮に、こうした土地のlock-inにより、企業が本来行うべき投資が過小になるなどの問題が生じた場合には、土地の売却を円滑にするためのインセンティブを提供することも1つの方策であろう。例としては、不動産取得税などの不動産の取引にかかる税率を軽減する一方で、固定資産税など不動産の保有にかかる税率を引き上げるなどのやり方がありうる。

今後とも、不動産価格の変化が土地保有や利用形態を通じて経済活動にどのような影響をもたらすかという点についての知見を蓄積していきたい。