ノンテクニカルサマリー

年金改革と個人年金勘定

執筆者 北尾 早霧 (客員研究員)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

日本において今後数十年にわたり急速に進行する高齢化は財政に深刻な影響を及ぼす。Braun and Joines (2014)、Hansen and Imrohoroglu (2014)、Imrohoroglu, Kitao and Yamada (2014)、Kitao (2015)などの研究によれば現行の年金および医療保険制度を維持した場合、今世紀半ばから数十年にわたり毎年総消費支出の30~40%に相当する財源が必要となる。

本論分においてはこのような大きな財政負担と税の引き上げを回避するための政策として、現行の賦課方式による年金制度からIRA(Individual Retirement Account、個人年金勘定)をベースとした積立方式への移行による影響を分析する。具体的には、現在厚生年金保険料として個人が負担している賃金の約9%を政府に支払う代わりに、各個人名義のIRAへの積立とすることを義務付ける。IRA残高はアカウントを所有する個人の責任のもと安定資産へ投資され、65歳の年金支給開始年齢に達するまで積立を続ける。IRAの導入とともに厚生年金、共済年金の大部分を占める報酬比例部分の給付を徐々に減らしてゆき、最終的には年金の報酬比例部分を完全にIRAに移行させる。積立額が老後の最低限の生活維持に十分でない場合や、平均を大きく上回る長寿、医療費の支払いにより貯蓄が枯渇する場合も考え、基礎年金に相当する部分は一律に給付される公的年金として現状を維持する。

シミュレーションにおいては現行の年金、医療保険制度の支出規模をできる限り精緻にマクロモデルに組み込む。将来人口については国立社会保障・人口問題研究所の2060年までの推計を使用する。2060年以降は人口成長率は約1世紀をかけてマイナスから0%に上昇、年齢別死亡率については2060年の水準が維持されると仮定する。

図1に示されるように、現行の年金制度を維持し支出増を消費税でまかなった場合2050年には税率は40%に達し、その後も消費税は数十年にわたり40%を超える水準で推移する。ベビーブーム世代の引退、出生率の低迷が寿命上昇による政府支出増を一層悪化させることが見てとれる。上述のIRAによる積立方式をベースとした年金制度に移行した場合、2040年半ば以降の税率は最大で約20%引き下げることができる。大幅な税の引き下げが可能になるのは報酬比例部分の年金支払いが新制度への移行とともに徐々に減少し政府支出が直接的に減ることが大きいが、それだけではない。賦課方式においては労働者の所得から差し引かれた保険料が同時に高齢者の年金給付、消費に充てられるのに対し、積立方式においては年金勘定資産が数十年にわたり投資され経済活動を活性化させる。資本が大きく増加することにより、労働の相対価値が高まり賃金は上昇し、所得税収が大幅に増える。また中長期的には総労働時間も上がり、税収増に貢献する。社会保障による支出削減を主眼とした政策ではあるが、長期的には経済の活性化と厚生の上昇につながる。

一方で短期的には所得税収が減り、図1に示されるように、財政をバランスさせるための消費税率は改革がない場合と比べて高くなる可能性もある。これは、改革で年金の比例報酬部分がなくなることにより、労働インセンティブが減少し所得税収が一時的に減少するためである。中長期的には資本の増加が賃金を上昇させ税収は増加するものの、資本の増加は急激には起こらないため短期的には賃金水準は大きく変わらない。

この論文で提案したIRA制度においては、年齢や家族構成、正規・非正規といった雇用形態、企業規模などにかかわらず、働く誰もが賃金の一定比率を自動的に積立てることが義務付けられる。原則途中引き出しのできない個人の年金勘定であるため転職や失業、正社員からパートへの転換、結婚、離婚、出産といったライフイベントによって残高が減ったり制度変更の複雑な手続きをとる必要もない。マクロ要因、あるいは個人的な理由により賃金が上下すれば毎年の新規積立額に変化はあるが、投資による大幅損失がない限り残高が減ることはなく、各人の生涯にわたる賃金の一定割合を運用した成果を年金として受給することとなる。政府から支給される年金が減ることにより自己貯蓄インセンティブ、労働インセンティブが増し、マクロ経済が活性化され、賃金および消費の上昇により個人の厚生が改善する。数十%に上る消費税が政治的、厚生的に受け入れがたいのであれば、中長期的に支出を大幅に抑える効果のある政策としてIRAへの移行は検討に値する。一方、改革の導入方法によっては現役世代の短期的な痛みや政府支出増が発生し得るため、導入のスピード、方法、税収に影響を与える他の政策との連携を慎重に考慮する必要がある。

図1:財政均衡に必要な消費税率の推移
図1:財政均衡に必要な消費税率の推移