執筆者 |
水野 貴之 (国立情報学研究所) 相馬 亘 (日本大学) 渡辺 努 (東京大学) |
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研究プロジェクト | 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト
2008年秋、ウォール街の一角で起きた出来事がショックとなって全世界を駆け巡った。リーマンショックである。ショック自体が大きく深刻であったのはもちろんのことであるが、多くの人々を驚かせたのは、その伝播の様子である。破綻した金融機関と直接取引のある先のみならず、当該機関とはおよそ無関係と思われる金融機関にも被害は飛び火した。全世界の金融機関が互いに取引相手の支払い能力に懸念をもち、その結果、資金貸借市場が機能不全に陥る大騒動となった。
密接につながっているのは金融機関だけではない。2011年3月の大地震と津波の影響で被災企業の生産が停止した際、被災企業からの出荷が滞ったため、生産停止は被災地外の取引企業へと波及した。波及は国内のみならず海外にも及んだ。実際、米国の中央銀行であるFRBのバーナンキ議長は、被災地の自動車部品メーカーの生産停止に伴って米国の自動車メーカーの生産が滞り、それが米国のGDPを引き下げるとの見方を示した。ここでもやはり、被災企業と直接取引がなく、およそ無関係と思われる企業にまで影響が及んだことが特徴的である。
これらの出来事からわかるように、金融機関や企業は取引を通じて密接につながっており、ネットワークを形成している。そのネットワークの一部に綻びが生じると、それはネットワークの他の構成員にたちどころに伝わる。
企業や金融機関が取引や資本関係、さらには人的交流を通じてつながっていることはビジネスの世界では常識だ。しかし経済学の教科書や論文では、企業や金融機関がつながっていることを考慮に入れた議論はこれまで非常に限られていた。取引は「市場(マーケット)」で行われるもので、そこでは一期一会が原則というのが経済学の標準的な想定だ。しかし、リーマンショックを契機として、こうした見方に変化が生じている。自然科学や社会学の分野で発展してきたネットワーク理論を経済分析に応用することにより、ネットワークの存在がマクロ経済にどのような影響を及ぼすのかという点について理解が急速に進展しつつある。
ネットワーク理論の「切れ味」を企業間の取引関係を例に紹介しよう。多くの企業は自分がどの企業から仕入れ、どの企業に販売しているかは当然知っている。また、自分の仕入先が材料をどの企業から仕入れているか、自分の販売先がどの企業に販売しているのかも知っているかもしれない。しかし、さらにその先の仕入先や販売先が誰なのかまで把握している企業は多くない。自分の直接の取引先を1リンク先、その先の取引先を2リンク先とよぶことにすると、1リンク先、2リンク先の取引先は知っているかもしれないが、3リンク先またはそれ以上遠い先については企業経営者といえども十分な知識をもっていない。大震災後に供給網が分断された際に、被災地から遠く離れた企業の経営者が被災企業とつながっていることに初めて気づいたというエピソードはこのことを裏づけている。
では、実際のところ、企業同士はどの程度密につながっているのだろうか。これを調べる手始めとして、筆者達は企業間のネットワーク上の「距離」を計測した。経済学でつながりを扱う研究といえばレオンチェフの産業連関表があるが、我々が分析したのはいわば(産業レベルではなく)企業レベルの連関表である。
日本企業約50万社について、各企業の仕入先企業と販売先企業がリストアップされているデータベースを用いた。図は50万社中のある企業(企業A)を無作為に抽出し、その企業の販売先数を示したものだ。横軸に1リンク先とあるのは企業Aが直接販売している先で、200社弱である。企業Aは中堅規模だが、2リンク先をみると販売先数は大幅に増え、1万社を超える。さらに3リンク先をみると販売先数は23万社と全企業の約半数に達する。3リンク先がどこかを経営者が知らないのは無理もない。4リンク先ではほぼ全社とつながる。50万社のうち任意の2社を取り出したときに何リンクでつながるかを調べると約4リンクであり、企業Aが特殊な事例でないことがわかる。
任意の2社がわずか4リンクでつながるというのは大方の企業関係者の想像を超えている。ネットワーク科学の分野では、構成員がこのように近い「距離」でつながっている状況を称して「スモールワールド」という。有名な例は人間の知り合い関係であり、見ず知らずの人とも驚くほど近い「距離」にあることが知られている。我々の分析結果は、人間社会と同様に企業社会もスモールワールドであることを示している。
企業は仕入れ先数を少なくすることで費用を節約しようとする。50万社のデータでも各社の仕入れ先数は平均で50社にすぎない。つまり50万社の企業間に隙間なくリンクが張り巡らされているわけではなく、むしろスカスカだ。それにもかかわらず4リンクでつながるのはなぜだろうか。それは突出した数の取引先を抱える企業が存在するからである。
我々の研究によれば、各企業の販売先数は「ジップの法則」と呼ばれる規則性を満たしている。販売先数が100社以上の企業は全体の約30%を占めるのに対して、1000社以上は3%、1万社以上も0.3%存在する。つまり、企業の販売先数には大きな格差があり、桁違いに多くの販売先をもつ「ハブ(拠点)企業」が存在する。直接取引先の少ない中小企業であったとしても、こうしたハブ企業といったんつながれば、一挙に多数の企業と間接的な関係を持つことになる。
では、ハブ企業はなぜ存在するのか。各企業は売り上げを増やすために顧客(販売先)をいかに多く獲得するか競争を繰り広げている。もちろん売り上げを伸ばすには、既存の販売先への販売量を増やすことも考えられる。しかし、既存のリンクを太くすることで売り上げを伸ばすのは限界があり、新規先の開拓が売り上げ増のカギを握る。顧客獲得競争の結果、多くの販売先を得た企業がネットワーク上のハブ企業へと成長する。一方、敗者は販売先を失う。こうして勝者と敗者で販売先数に著しい格差が生じることがスモールワールドの原因である。
企業が密接につながっているという事実はさまざまな含意をもつ。そのなかでも特に重要なのは、景気変動などマクロ経済の振幅を引き起こすメカニズムに関するものである。マクロ経済変動に関するこれまでの議論では、多くの企業に共通して同じショックが起こることが景気変動の原因と考えられてきた。金融・財政政策などは多くの企業に同じ影響を及ぼすので共通ショックの例である。
一方、企業間で共通していないショック、つまり特定の企業に固有のショックが起きたとしても、そのショックの影響は当該企業とその周辺にとどまり、経済全体に波及することはないと考えられてきた。たとえば、ある企業の生産性を高めるようなショックが起きたとしても、別な企業では生産性を低下させるショックが起きているかもしれない。実際、企業の数が十分に大きければ、どこかの企業のプラスは別な企業のマイナスで相殺されるという「大数の法則」が働く。したがって、ある企業に固有のショックが経済全体に伝播することはあり得ない。これがマクロ経済学の標準的な理解であった。
しかし現実には、個別企業へのショックがマクロ経済に影響を及ぼすという現象がしばしば観察される。冒頭に述べた東北の自動車部品メーカーの例はその典型である。それ以外でも、比較的経済規模の小さい国では、個別の企業へのショックが国全体に影響を及ぼすことが知られている。たとえば、韓国ではサムソンの売り上げの変動が韓国全体のGDPを左右する。
これらの例は、大数の法則が常に働くわけではないことを示している。ではどのような場合に大数の法則が働き、どのような場合に働かないのか。ニューヨーク大学のXavier GabaixとMITのDaron Acemogluなどによる最近の研究は、経済学者を長年に亘って悩ましてきたこの問題に、ネットワーク理論に依拠した新しい視点を提示している。
仮に各企業の販売先数が均等であるとしよう。つまり、ネットワーク上の位置づけという視点でみると、各企業は平等である。この場合には、ある企業へのプラスのショックと別な企業へのマイナスのショックが相殺し合う。マクロ経済学者がこれまで考察してきたのはこのケースである。しかし、各企業の販売先数が不均等で、ある企業が他企業に比べ多くの販売先をもっており、その企業にプラスのショックが発生したとすれば、そのショックは川下の多くの企業に伝播する。一方、マイナスのショックが別な企業に発生したとしても、その企業の販売先数が平均並みだとすれば、その伝播は限定されている。多くの取引先をもつ企業へのプラスのショックは相殺されることなく経済全体に波及する。
つまり、販売先数の企業間格差がショック伝播の強さを決めるカギである。しかも、最近の理論研究では、その格差がかなり大きくなければならないことも分かってきている。Acemogluなどの理論研究では、販売先数がジップの法則に従うほどに格差が大きいときには個別ショックが経済全体に伝播することがわかっている。筆者らの本稿における分析結果はこの条件が確かに満たされていることを示している。
企業間で販売先数に大きな格差がある状況下で個別ショックの伝播を描写する経済モデルは、Googleの創設者の1人であるLarry Pageがウェブページの重要度を決定するために開発したアルゴリズムである「ページランク」と密接に関係している。ウェブページを企業に、ウェブページ間に貼られているリンクを取引関係のリンクに読み替えれば、両者の数学的な構造は同一である。さらに、企業を国に、企業間取引を国家間の貿易取引に置き換えれば、ネットワーク理論に基づく新しい貿易理論を構築することが可能であり、実際、OECDなどではそうした理論を検証するためのデータ整備が行われている。ウェブページも企業も国家も、すべてネットワークという統一的な視点で理解する時代が訪れるのは遠い将来ではないだろう。