ノンテクニカルサマリー

融資関係を持たない中小企業の金融危機における流動性管理

執筆者 鶴田 大輔 (日本大学)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

本論文は法人企業統計の個票データを使って、中小企業が金融機関との融資関係(Lending relationship)を打ち切る要因を明らかにしたうえで、融資関係を持たない中小企業がどのようにリーマンショック時に資金調達を行っているのかを分析したものである。中小企業金融に関する主要な先行研究によると、中小企業と金融機関の融資関係は情報の非対称性を緩和する効果を持つことから、中小企業の資金の利用可能性を高める。また、最近の論文では、金融機関と緊密な融資関係を持つ企業はショック時に金融機関借入をより多く利用することが示されている。以上のように主要な先行研究は、金融機関との融資関係を持つことは中小企業にとって有益であることを示唆する。しかし、金融機関からの借り入れがなく、融資関係を持たない中小企業も多い。実際、法人企業統計により金融機関借入金の残高がゼロの企業の比率を算出すると、2001年度においては27.2%であるのに対して、2007年度においては36.3%となっており、比率が上昇する傾向にある。

では、なぜ融資関係が有益であると主張されているにもかかわらず、一部の中小企業は融資関係を持たないのだろうか。本稿はこの疑問に答えるために、融資関係を持たない場合(金融機関借入残高がゼロの場合)を1とするダミーを被説明変数としたプロビットモデルを推定した。2001年度から2007年度までのデータを分析した結果、表1の通り、現預金比率、キャッシュフローが大きいほど、金融機関借入をしない傾向があることが分かった。内部資金が豊富な企業ほど、金融機関借入を必要としないため、融資関係を持たないことを示唆している。また、総資産成長率や必要運転資本が低い企業ほど、融資関係を持たない傾向があることが分かった。このような企業は資金需要が小さいため、融資関係を持たないと解釈できる。金融機関側の要因(金融機関貸出態度)などの効果は小さいことから、中小企業が融資関係を持たない原因は、主に中小企業の資金需要が小さいことによるものと解釈できる。

次に本稿では、融資関係を持たない中小企業がリーマンショック時に資金需要が発生した場合、どのように資金調達を行うか、分析を行った。計量分析において、金融機関借入金変化率、現預金変化率を被説明変数とし、資金需要の代理変数を必要運転資本変化率とした。また、ショック前後と融資関係の有無により必要運転資本変化率を分け、それぞれの効果を推定した。分析結果は表2の通りである。必要運転資本変化率は金融機関借入金変化率に対してプラス、現預金変化率に対してマイナスの効果を与える。ただし、それぞれの係数の大きさに着目すると、融資関係がない方が金融機関借入金への効果が小さく、現預金への効果が大きいことがあきらかとなった。これはショック時に融資関係を持たない企業はより内部資金に依存することを意味する。

ただし、表2の結果は融資関係を持たない企業が資金制約に直面しているために金融機関借入金を利用しないのか、もしくは十分な流動性を有するので金融機関借入金を利用しないのか、どちらか判断できない。そこで表3では、現預金比率の大きさに応じてサンプルを四分割し、それぞれの2008年度における金融機関借入金と現預金変化率の中央値を示した。表3によると、現預金比率が最高のグループでは、融資関係の有無にかかわらず、現預金をより多く利用することが明らかになった。この結果は融資関係を有していても、中小企業はショック時の資金需要を内部資金によりファイナンスすることを意味する。また、このような資金調達行動の違いは企業の資金調達コストや企業パフォーマンスには影響しない。これらは融資関係を持たないことによる弊害は大きくないことを示唆する。

2003年に公表された「リレーションシップバンキングの機能強化に関するアクションプログラム」に代表されるように、金融機関と中小企業の融資関係強化が政策的に進められてきた。このプログラムでは、「創業・新事業支援機能等の強化」や「取引先企業に対する経営相談・支援機能の強化」などの取り組みを通じて、金融機関と中小企業の関係の強化を促進している。しかし、本稿で示したように、融資関係の構築を必要としない中小企業が増えてきている。また、中小企業が融資関係を持たない1つの要因として、成長性が低く資金需要がないことを本稿で示した。投資機会が乏しく資金需要がない状況においては、リレーションシップバンキングの促進は有効性を持たない可能性が高い。今後は規制緩和などを通じた投資機会の創出を行ったうえで、融資関係強化を進める必要があるだろう。

表1:融資関係を持たない確率に対する効果
(それぞれの変数が1標準偏差変化した場合)
現預金比率1.58%
総資産(対数)-1.26%
総資産成長率-4.42%
キャッシュフロー3.41%
運転資本-2.24%

表2:必要運転資本増加が借入金、現預金に与える影響
(***は1%、*は10%で統計的に有意)
借入金変化率現預金変化率
ショック前・融資関係あり0.1595***
(0.011)
-0.2902***
(0.011)
ショック前・融資関係なし0.0294***
(0.005)
-0.3620***
(0.019)
ショック後・融資関係あり0.1175***
(0.019)
-0.3356***
(0.018)
ショック後・融資関係なし0.0149*
(0.008)
-0.4043***
(0.025)

表3:現預金比率別にみた、借入金・現預金の変化(必要運転資本変化率が2.5%以上の企業を対象)
(***は1%、**は5%で統計的に有意)
借入金変化率現預金変化率
現預金比率融資関係
あり
融資関係
なし
(あり)-(なし)融資関係
あり
融資関係
なし
(あり)-(なし)
最低1.00%0.00%1.00% ***0.01%0.00%0.01%
2.16%0.00%2.16% **-0.57%-1.77%1.19% ***
1.35%0.00%1.35% **-2.24%-3.71%1.47% **
最高0.18%0.00%0.18%-6.07%-6.24%0.17%