ノンテクニカルサマリー

担保制約による投資の歪み:日本の中小企業データによる検証

執筆者 小倉 義明 (早稲田大学)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

本研究では、中小企業融資における担保制約が投資に与える歪みの検出を試みた。

問題の背景と仮説

担保は企業融資におけるモラルハザードなどの情報の問題を抑制するために一般的に用いられる契約であるが、担保制約のために資金調達が十分にできず過少投資に陥る可能性(Kiyotaki and Moore 1997)、あるいは逆に担保として利用可能な資産に投資が偏るという意味での過剰投資が生じる可能性が理論的に指摘されている(たとえば、Geanakoplos et al 2013)。実際に日本では、下図が示す通り、未上場企業あるいは上場企業でも比較的規模の小さい企業で、土地の未利用率が高くなっており、金融的な要因が土地の有効利用を妨げている可能性が示唆される。本研究ではこのような投資の歪みの統計的な検出を試みた。

企業の投資意思決定を記述する伝統的な新古典派モデルに、保有している土地と有形固定資産の将来の予想市場評価額が借入額の上限となるとの担保制約を課した場合の最適投資の条件式より、以下のような仮説が得られる。

仮説 担保が借入額の実効的な制約となるとき、担保の市場価値高騰が予想される場合は過剰投資が、それ以外の場合は過少投資が生じる。

分析手法・結果

法人企業統計年報の個票データから収集した中小企業の財務データにこれらの企業の本社所在市区町の公示地価情報を接続し、市場価値が激しく変動した土地に関して、上記仮説の検証を行った。理論モデルから得られる最適投資の条件式を最尤法により推定し、担保制約が投資に対して実効的な影響をもたらしていたか否かを検定した。地価上昇期の1984-1991年には担保制約の影響が検出されなかったが、地価下落期の1992-2001年には担保制約の強い影響が検出された(下表)。この結果は、特に地価下落時において担保制約が過少投資の問題をもたらしていたことを意味している。地価上昇期には融資需要の増加を上回る勢いで地価が上昇したために担保制約が投資行動に影響しなかった一方、地価下落期には融資需要の減少を上回るスピードで地価が下落したために担保制約が強く作用し、過少投資をもたらしていたことが、この結果より推察される。

図:所有面積に対する未利用地面積の割合(事業用資産、上場別)
図:所有面積に対する未利用地面積の割合(事業用資産、上場別)
(出所)国土交通省「企業の土地取得状況に関する調査」1984-2012年.

表:担保制約の影響度(担保制約のラグランジェ乗数の推定値、高い=影響度が大きい)
表:担保制約の影響度(担保制約のラグランジェ乗数の推定値、高い=影響度が大きい)
(注)他の推定パラメータは省略した。推定は疑似最尤法による。***は1%有意水準で統計的に優位にゼロと異なることを意味する(両側検定)。

政策的含意

上記の結果から得られる政策的含意は以下の2点である。第1に、90年代末から2000年代にかけての、担保に過剰に依存しない融資促進のための諸施策、たとえば公庫による無担保融資の実施、金融庁によるリレーションシップバンキング促進活動などは、90年代以降の地価下落時の過少投資問題を緩和する上で時宜にかなった施策であったと評価できる。また、担保として利用しうる資産の種類の拡充(動産担保融資の促進)も、同様の文脈で評価される施策である。担保は既存文献で理論的に確認されているように非対称情報の問題を低減させる有効な手立てである一方、上記の過少投資をもたらす負の側面もあり、過度な担保依存は経済的に非効率である可能性がある。

第2に、グローバル金融危機以降、盛んに議論されているマクロプルーデンス政策の一環として、Loan-to-value 規制(担保の掛け目の上限規制)の導入が世界各国で議論されている。本研究の結果は、このような規制が中小企業金融に適用される場合、本来効力を発揮すべき資産価格上昇局面で効果を持たず、逆に資産価格下落局面における過少投資問題を深刻化させる恐れがあることを示唆している。なお、80年代に積み上がった過剰負債が企業の投資意欲と資金需要の低迷を招来した要因である(いわゆるデットオーバーハング)などの見解もあるが、この点についての分析は別の機会に譲ることとしたい。