ノンテクニカルサマリー

成人うつに対するコンピュータ認知行動療法(CCBT)の臨床効果、及び費用対効果についての系統的レビュー

執筆者 宗 未来 (ロンドン大学キングスカレッジ)
研究プロジェクト 人的資本という観点から見たメンタルヘルスについての研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第三期:2011~2015年度)
「人的資本という観点から見たメンタルヘルスについての研究」プロジェクト

1.研究の背景

うつ病は自殺の主要な危険因子の1つであり、うつ病や自殺に限定した日本の経済損失額が、2009年単年度で年間約2.7兆円に上るなど(厚生労働省報告)、うつ病が社会に対して及ぼす損失は膨大である。

うつ病は、従来、「必ず治る病気」などと精神医学的にも言われてきたが、近年は薬物療法による回復率が従来思われてきたほど高くないということが明らかになっている。このため、実証性の高い研究によって効果が示された認知行動療法(CBT)を中心とした最新の心理療法が、薬物療法に代わるもの、または、薬物療法の効果を増強する作用を持つものとして高い期待を集めており、英国では、軽度のうつ病治療においては、薬物療法よりも認知行動療法が推奨されている。

一方で、認知行動療法のセラピストの数が不足している現状では、セラピストによる認知行動療法を受けられる機会は少ない。そこで注目されているのが、コンピュータを使って自習するCCBT(コンピュータ認知行動療法)である。CCBTについてはこれまでもさまざまな研究が行われ、それらのレビューによると、軽度~中等度のうつ病においては効率性の高い治療的介入が可能であるといった結果が主流であり、技術革新に伴いますます期待が高まっている。

筆者らのグループは、CCBTに対してこれまで以上に厳密な効果検証を行う目的で新たなメタ解析を行った。メタ解析は、各々の無作為統制試験(RCT)の結果を統計的に統合処理することで複数の効果研究の集積結果を得られる分析手法で、メタ解析で得られた結果は医科学的エビデンスの中で最も信頼性が高いと位置付けられる。既に、So et al.(2013)によって、CCBTについて、抑うつ症状が減少する一方で、脱落率が高いことが明らかにされており、本研究では、新たに、(1)周囲からの援助の有無、(2)年齢の差、(3)うつ症状の重症度による差、(4)マルチメディア機能の有無において下位群分析が施行された。

2.研究結果1(効果)

(1)援助の有無による差(数値は表を参照)
純粋に1人で行う完全自助のCCBTか、原則は自助であるけれども多少の周囲からの援助があるCCBTかに分けて分析を行った。この結果、単独で行うよりは援助があった方がCCBTでは約2倍の効果が期待された。脱落リスクについては援助の有無による差が認められなかった。

(2)年齢の差
年齢の差では、平均年齢が20代を対象とした介入では有意な効果が認められなかった。30代と40代を対象とした介入では中程度の有意な効果が認められた。50代以上を対象とした介入では有意差は得られたものの小さな効果しか得られなかった。脱落については、20代と50代以上では対照群と比べて脱落リスクに有意差は認められなかったが、30代と40代では有意な差が認められた。

(3)うつの重症度による差
軽症者対象、中等症者対象、重症者対象のいずれの介入においても有意な効果が認められ、効果についてうつの重症度による差はなかった。脱落については、中等症者と重症者では対照群に比べて有意な脱落リスクの高まりを認めたが、軽症者では対照群と比べて脱落リスクに有意差は認められなかった。うつ症状が重症化するほど脱落リスクが高まる傾向も示唆された。

(4)マルチメディア機能の有無による差
マルチメディア機能の影響を見るためにマルチメディア群と非マルチメディア群に分けて効果の違いを見た。ここでのマルチメディア機能の定義は、一方通行の文字情報や静止画以外に、コンピュータ上で、動画、音声、双方向性など、さまざまな形態の情報を統合して扱うものとした。

解析の結果、マルチメディア群と非マルチメディア群の間で効果の有意な差は認められなかった。脱落においては、マルチメディア機能がないCCBTでは対照群に比べて脱落リスクが有意に高かったが、マルチメディア機能が備えられていたCCBTでは有意差は認められなかった。これにより、マルチメディア機能は脱落リスクを減らせる可能性が示唆された。

3.研究結果2(経済評価)

本研究では、CCBTの経済評価を行った論文についてのレビューも行った。3件の研究が見つかった。3本の論文すべてで費用対効果、費用対便益においてCCBTは有利だという結果であった。

4.政策的示唆

援助があった方がCCBTの効果が高まる結果になったことから、何らかの援助をCCBTに盛り込むことが今後の方向として考えられる。たとえば、医師以外の保健師や他のコメディカルがガイド役になるタスクシフト、双極性障害などの治療では高いエビデンスのある家族や介助者(carer)等を含んでのCBTの応用(Shared-CCBT)、CCBT卒業生が新たなサポーターに回る応援団制度といったアイデアが考えられる。

また、マルチメディア機能により脱落が減らせる可能性が示唆されたことから、マルチメディア機能も含めたCCBTの技術革新が期待される。技術革新を利用した成功例として、コンピュータゲームにおけるロールプレイを用いた認知行動療法が効果を得たという報告がある(Merry et al. 2012)。

CCBTの経済評価については、もともと費用対効果が高いということが売りであるCCBTについて、この点が研究で裏付けられた。我が国の場合、CBTの先進国である英国などに比べてセラピストの養成が遅れており、医療費の高騰などの問題もあることから、効果的で脱落の少ないCCBTの開発は急務である。

表:CCBTの下位群分析の結果の要約
表:CCBTの下位群分析の結果の要約
(注1) 効果量の解釈基準は、<0.40で効果小、0.40~0.70で効果中程度、>0.70で効果大とした。
(注2) 脱落の相対危険度は、CCBTを行った群が対照群に比較して何倍の脱落リスクがあるかを示す指標。
(注3) CCBTを行った群と対照群の差について、**は1%水準で有意、*は5%水準で有意。