ノンテクニカルサマリー

互恵的貿易自由化か一方的貿易自由化か:支持者の個人特性比較

執筆者 冨浦 英一 (ファカルティフェロー)/伊藤 萬里 (ハーバード大学 / 専修大学)/椋 寛 (学習院大学)/若杉 隆平 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 我が国における貿易政策への支持に関する実証的分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「我が国における貿易政策への支持に関する実証的分析」プロジェクト

貿易自由化のメリットについては、経済学で繰り返し強調されているところだが、現実社会では、貿易自由化、特に、外国が門戸を閉ざしたままで自国のみが一方的に輸入を自由化する政策には国内で抵抗が強い。他方、外国からバランスのとれた譲歩が得られることを条件として自国も輸入自由化を進める相互主義・互恵主義(reciprocity)は、GATT/WTOの基本的な原則にも取り入れられ、現実の貿易自由化交渉に強い影響を与えている。本論文は、1万人の個人データを用いて、自国が一方的に輸入を自由化しても支持する個人と貿易自由化は相互的・互恵的であることを求める個人の特徴はどのように異なるのか統計的に明らかにしようとするものである。

RIETIでは、貿易自由化などに対する個人の選好を調査するため、全国の約1万人を対象に調査を行った。欧米における先行研究に比べても大規模な標本で、地域、性別、年齢の構成が実際の我が国と同じになるよう標本を抽出した我が国の1万分の1の縮図といえるデータである。この調査によれば、輸入自由化への賛否と、外国が門戸を閉ざしているのに自国だけ輸入を自由化するのは損だという考え方への賛否を組み合わせてパーセントで表示すると下表のような結果であった(調査では5段階の選択肢を提示したが、「どちらともいえない・わからない」は下表では否に分類した。なお、分析結果の大要はこのグループを除外しても影響を受けない)。

輸入自由化?→
(自由貿易)

(保護主義)
↓相互主義?
賛 (相互的) 20.6%25.4%46.0%
否 (一方的) 30.8%23.2%54.0%
51.5%48.6%100%

我が国においては、4つの立場のうちどれか1つが大差をつけて圧倒している状況にはない。つまり、輸入自由化や相互主義を取り上げて国民投票が行われることは実際にはないが、もし実施されれば僅差で決すると予想され、それぞれのグループに属する個人の属性を知ることは政策論議にとって重要となる。

そこで、この4類型のいずれを選好するかという意思決定と個人の特性との関係を統計的に検証したところ、輸入自由化には賛成ではなく、自国の一方的自由化には賛成しないとする選択と農業への従事とは統計的に強い関係があることが見出された。この推定結果は、現実の貿易自由化において我が国が一方的に輸入を自由化したと受け取られる結果は農業従事者から強く反発を受ける一方で、外国から十分な譲歩が得られれば輸入自由化への反対が和らぐ可能性も示唆しており、貿易自由化への支持を拡大する上で相互主義・互恵主義の重要性を示していると解釈できよう。とはいえ、要求される互恵的譲歩がもし農業部門内でのバランスを意味するのであれば実現は容易でないことも確かである。他方、輸入自由化には賛成ではなく、外国から互恵的譲歩があっても評価しない絶対的な保護主義者は、農業従事とは特に有意な関係がないことも明らかになった。更に、農業以外の業種や管理的職種に就業している人々では、輸入自由化に賛成であり、輸入自由化が一方的でも支持する傾向が見られた。

また、年齢が上がるほどに輸入自由化への支持は高まり、特に65歳で区切ると高齢者では自国が一方的に輸入を自由化しても支持するとした回答が目立った。この傾向は、職種、学歴、所得、性別等個人の基本特性を考慮しても頑健である。生産者・労働者としてよりも消費者として政策の支持を決める傾向が引退者では強いため、輸出拡大とのバランスがとれなくても低廉な価格での輸入品のメリットを評価しているのであろう。加齢は転職の困難化につながることから、高齢化が産業構造の硬直化を招くとも考えられる。しかし、本研究の結果から敷衍すれば、一部の若年人口が爆発する国では保護主義が強硬化する可能性もあるが、先進国だけでなく一部の発展途上国でも高齢化が進んでいる状況を考慮すると、高齢化が貿易自由化への世界的な支持拡大につながるかも知れないという希望も読み取れる。