ノンテクニカルサマリー

本邦中小企業の輸出行動に関する実証分析:取引金融機関による海外市場関連情報提供の役割

執筆者 乾 友彦 (ファカルティフェロー)
伊藤 恵子 (専修大学)
宮川 大介 (日本大学)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

問題意識

経済のグローバル化は多くの企業や消費者にさまざまな便益をもたらしたが、一方で、国際的に事業展開できない企業(主に中小企業)と国際展開する企業(主に大企業)との間のパフォーマンスの差を拡大させたとも指摘される。日本には、技術力は高いが国際的に事業展開できていない中小企業が数多く存在しており、これらの企業がグローバル経済の恩恵を十分に享受できるように国際展開を支援・推進することが、近年の重要な政策課題となっている。アベノミクスの「第3の矢」に関連して、「国際展開する中小企業・小規模事業者の支援」が「日本再興戦略(2013年6月発表)」でも掲げられているところである。

こうした政策的な重要性を踏まえて、本稿では、中小企業に焦点を当てながら、取引先金融機関を通じた海外市場情報の提供が、企業の輸出開始・継続・停止にどのような影響を与えるのかについて実証的に分析した。分析の目的は、輸出の意思決定における情報の重要性や有効な情報チャネルの種別を実証的に検証し、中小企業の国際展開支援政策の策定に寄与する実証結果を提示することにある。

主な分析結果

本稿では、経済産業省『企業活動基本調査』の1997~2008年調査の企業レベル・データに、各企業の融資関係情報および取引金融機関に関する情報を接続したデータを用いており、大企業のみならず、中小企業データを数多く含んでいる点に特徴がある。一般的に、輸出を開始するためには、海外での取引相手の探索や販売チャネルの構築、海外市場における制度や商習慣などさまざまな情報収集が必要であり、こうした情報収集などのために相応の固定費用がかかると考えられる。さらに、輸出を継続するに当たっても、随時、海外市場の情報をアップデートしていく必要があり、輸出継続にも固定費用がかかるとの議論もある。結果として、こうした固定費用をまかなえる、生産性が高い企業が輸出市場に参入できると考えられるが、情報収集コストを下げるような有効な情報チャネルの存在も、輸出市場への参入を容易にするであろう。

本稿では、多くの輸出企業と取引関係を有する銀行や海外支店を多く所有する銀行は海外市場に関する情報をより多く有していると想定した上で、このような金融機関と取引のある企業ほど、海外市場情報を入手しやすく、輸出を開始・継続しやすいとの仮説を構築した。大企業と比べて、中小企業は平均的に生産性が低く、輸出に関わる固定費用を負担できるほど十分な利益を確保しているケースは少ない。さらに、中小企業は相対的に取引相手企業の数も少なく、取引相手企業を通じた海外市場情報の入手も限定的であると考えられる。このため、取引金融機関を通じた情報入手は、特に中小企業において重要であると予想した。

分析対象企業を規模別に分類し、規模グループごとに、輸出開始・輸出地域拡大・輸出停止・輸出額の大きさの決定要因を統計的に分析した結果、海外市場情報を多く有する金融機関から融資を受ける企業ほど輸出を開始する確率が高いことが確認された。また、この効果は、小規模企業においてより顕著に認められた。更に、海外市場情報を多く有する金融機関から融資を受ける企業ほど、輸出を停止する確率が低い傾向も見られた。他の要因としては、企業自身の海外投融資や輸入比率などが、輸出の開始・停止の意思決定に影響を与えることが確認されたが、近隣の輸出企業からの情報スピルオーバーや取引金融機関の規模などは明確な影響を及ぼしていなかった。

これらの結果は、取引金融機関による海外市場関連情報の提供が、輸出に関わる固定費用の低下をもたらし、結果として輸出の開始を促進していることを示唆している。また、取引金融機関からの情報提供によって輸出継続に関わる固定費用が低下したことで、輸出市場での生存確率が上昇していることも分かる。こうした情報収集にかかる固定費用の低下が、中小企業の輸出の意思決定にとって非常に重要であるという結果は、自社のリソース(資金、人材、取引先などの情報ソース、支店や駐在事務所など)が限られている中小企業にとって、取引金融機関が特に重要な情報ソースとなっていることを示唆している。

表:本稿で用いた企業データにおける輸出企業の割合
表:本稿で用いた企業データにおける輸出企業の割合
(注)企業規模の分類は以下のとおりである。
   全企業:従業者数50人以上、かつ資本金3000万円以上の企業
   大企業:全企業のうち、中小企業に分類されない企業
   中小企業:従業者数50人以上300人以下、または資本金3000万円以上3億円以下の企業
   中規模企業:中小企業のうち、小規模企業に分類されない企業
   小規模企業:従業者数50以上150人未満、かつ資本金3000万円以上1億5000万円以下の企業

政策インプリケーション

本稿の結果は、潜在的な輸出企業にとって、情報提供者としての金融機関の役割が重要であることを示している。このことは、特に、中小企業の輸出促進政策において、金融機関を重要なプレイヤーとして積極的に取り込むべきであるという政策的含意を提供するものである。たとえば、金融機関の国際サービス網の構築を促し、金融機関による情報提供サービスを輸出促進政策の足がかりにすることによって、輸出促進政策が効果を発揮する可能性が高い。

また、金融機関は融資先企業に関するさまざまな情報を蓄積しており、政府からの支援をうけるべき企業の属性・タイプや、最も効果的な支援についての知見を有していると考えられる。国際化支援事業を提供している政府系機関も存在するが、これら機関の提供する情報と融資関係を通じて金融機関が収集する情報とは互いに補完的であろう。政府にとって、こうした金融機関が有するさまざまな情報を効果的に活用することも重要と考えられる。