ノンテクニカルサマリー

Attribute(製品の属性)を基準とした規制の経済学:自動車燃費規制の理論的・実証的分析から

執筆者 伊藤 公一朗 (研究員)
James M. SALLEE (University of Chicago)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

日本をはじめ、多くの国において自動車燃費規制や省エネルギー規制は、製品のattribute(何らかの属性)に基づいて規制値が決められています。自動車の燃費規制値を例にとると、日本、中国、EUでは、自動車の重量が増えるほど緩くなり、韓国では排気量が増えるほど緩くなる規制が導入されています。アメリカでもオバマ政権が2008年にCAFE(アメリカの自動車燃費規制)の見直しを行い、自動車のfootprint(面積)が増えるほど規制が緩くなる、という方式が採用されました。本研究では、まずは理論的に、このような規制がどういった便益と費用を生み出すのかを示しました。次に、国土交通省が公表している、日本の自動車燃費規制の10年間のデータを使い、実証的にこの便益と費用を推定しました。

分析の結果、理論の予測通り、重量に基づく燃費規制が、多くの自動車の重量増加を生み出したことがデータから実証されました。たとえば図表1では、燃費規制値と自動車の重量分布を示しています。規制値が緩くなる重量の地点に多くの車が集中していることが伺えます。また、政策変更によって燃費規制値が変化した後は、規制値の変化に応じて、自動車の分布が変化したことが明らかに示されています。論文では、実際にどれほどの重量が増えたのかという数値を、計量経済学的手法を用いて推定しています。また、図表2では、政策変更の前後で、同一の自動車モデルが、どのような変化を遂げたかを見ています。普通乗用車については、多くの自動車が燃費も向上させたが、同時に重量も増加させ、緩い規制区域へ入ろうとした様子が伺えます。一方、軽自動車の規制値は右下がりのカーブではなく、ほぼ横一線の直線です。つまり、規制値がattributeに基づかない規制値であるということです。そのため、軽自動車は燃費が上がり、重量はあまり変化していないことが伺えます。

つまり、燃費に関しては普通乗用車・軽乗用車ともに平均的な改善が見られましたが、普通乗用車に関しては重量の増加という現象も生み出されたことになります。重量の増加の社会的費用は2点にまとめられます。1点目は、規制の影響によって、実際の重量が、「市場で決められる適切な重量値」から乖離することです。経済学でいうところの死荷重が発生する状況になります。2点目は、重量増加によって、事故時の安全性が損なわれることです。重量が増加すると、その自動車自身の安全性は増すものの、相手車両の事故死亡率を統計的に有為に高めてしまうことが、最新の経済学研究で明らかになってきています。本論文では、以上の2つの費用についての計算も行っています。

では、こういった政策に利点はないのでしょうか。論文では、このような政策が、どのような条件下で有効となるかについても示しています。重要なのは、アメリカの燃費規制で取られているような、「compliance trading(規制達成値取引制度:基準値以上の達成分を企業間で取引できるようにする制度)」を政策的に導入すれば、経済学で言うところの社会厚生が最も良く改善される、ということです。各企業が基準値以上に達成できた場合、その余分な達成値を他の企業と取引させることにより、規制遵守の限界費用が市場全体で均一化します。最後の分析として、1)このような最も効率的な政策が導入できた場合、2)現行のattributeに基づく政策を実施した場合、3)全ての車に一律の規制値を課した場合、の3つの政策について、それぞれの政策がどういった点で優劣があるのかを実証的に示しています。理論の予測通り、compliance trading(規制達成値取引制度)の導入ができれば社会厚生は最大化されます。ただし、そういった制度の導入が難しい場合、現行のattributeに基づく政策のほうが、全ての車に一律の規制値を課した場合よりも社会厚生は大きくなります。その理由は、全ての車に一律の規制値を課した場合は規制遵守の限界費用が市場全体でかなり大きく開くためです。つまり、車両ごとに規制を遵守するための限界費用が大きく異なってしまいます。そういった点で、attributeに基づく政策が利点を持つ可能性もあることを示唆しています。なお、前述の通り、attributeに基づく政策は重量増加という負の効果も生み出します(全ての車に一律の規制値を課した場合はその負の効果は発生しません)。それ故に、結論としては、attributeに基づく政策が利点を持つ可能性もあるものの、compliance trading(規制達成値取引制度)の導入が社会厚生を最大化する、ということになります。

図表1:燃費規制値と自動車の重量分布
図表1:燃費規制値と自動車の重量分布
出典:国土交通省が発行する「自動車燃費一覧データ」をもとに著者が作成したグラフを論文より抜粋。
図表2:政策変更前後での自動車の燃費と重量の変化
図表2:政策変更前後での自動車の燃費と重量の変化
出典:国土交通省が発行する「自動車燃費一覧データ」をもとに著者が作成したグラフを論文より抜粋。