ノンテクニカルサマリー

企業成長率の分布:ジャンプの重要性について

執筆者 荒田 禎之 (東京大学)
研究プロジェクト 日本経済の課題と経済政策Part3-経済主体間の非対称性-
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「日本経済の課題と経済政策Part3-経済主体間の非対称性-」プロジェクト

一国の経済発展に企業の成長は必要不可欠である。では、企業は一体どのように成長するのだろうか? それは全くの偶然だろうか、それとも何か法則性のようなものが潜んでいるのだろうか? このテーマについて、最近注目されている観察事実を元に議論したのが、この論文である。

経済学において、企業の成長率の分布についての研究は、企業規模の分布の研究と関連して、長い歴史がある。特に、Gibrat(1931)の提示したモデルは、この分野においてスタンダードなモデルとされ、現在に至るまでさまざまな形で実証研究が続けられてきた。このモデルでは、企業の成長は小さなショック、もしくは成功の積み重ねとして考えられている。まさに、小さな『カイゼン』を繰り返した結果、大企業になったということである。

その一方、近年注目を集めている観察事実として、企業の成長率の分布が、Gibratのモデルから導き出される正規分布ではなく、ラプラス分布に極めて近い形であることが分かってきた(図参照)。このラプラス分布は、正規分布よりも中央部分では尖り、テイル部分が厚いのが特徴である。さらに、このラプラス分布は、さまざまな産業においても普遍的に観察されるため、企業の成長には何か法則性があって、その結果ラプラス分布が観察されているのではないかと考えられるのである。特に、現実の企業の成長のメカニズムはGibratの想定とは異なるかもしれない。

そこで、この論文ではGibratのモデルの何が間違っていたかを明らかにした上で、Gibratのモデルを拡張し、その一般化であるレヴィ過程および無限分割可能分布のフレームワークで企業成長の分布を考えることとした。その結果、企業の成長の過程は、Gibratで想定されているような過程とは全く異なる、完全に非連続なジャンプによって決定される過程であることが分かった。つまり、企業の成長は小さなショック、または小さな成功の積み重ねによって成長しているのではなく、少ない数の大きなジャンプによって決まるということである。

この結論の経済学的な意味を考えてみよう。従来の研究でよく議論されているように、企業の成長の源がイノベーションによってなされるとすると、上記の結論は、数多くのイノベーションの中でも、特に決定的な影響を与えるようなイノベーションが存在することを意味している。これは、経営学の分野でよく用いられるRadical Innovationsの議論とも整合的である。Radical Innovations とは、その言葉通り、産業の構造や企業の優位性をすべて変えてしまうようなイノベーションという意味で、Incremental Innovation(たとえば、既存技術のわずかな改良)の対義語である。つまり、元々は小さな企業が、革新的な技術によって、マーケットの構造や、既存企業の優位性などを全てひっくり返し、大企業になったということである。実はこれが、成長率の分布の背後にある企業成長の姿なのである。

さて、上記の議論から分かる通り、経済成長のためには革新的なイノベーションが必要となる。では、そのために必要な環境、または理想の経営の方法とはどのようなものだろうか? 実は、経営学の分野でよく議論されているように、Radical InnovationsとIncremental Innovationでは、経営の方法は全く異なる。前者への投資は、当然リスクが高い。時間もかかれば、莫大な資金も必要になる。確かに成功すれば見返りは大きいかもしれないが、成功するかどうかが極めて不明瞭である。そもそもこのようなイノベーションが必要とされる逼迫した状況ではないかもしれない。したがって、安定を求めるならば(特に大企業は)、後者への確実にリターンの見込める投資を重視しがちである。しかし、この論文で示されたように、企業の成長を決定的に左右するのは前者であり、一旦他企業に革新的技術で先を越されてしまうと、もはや小さなイノベーションでは太刀打ちができないのである。

さて、ここまで議論を進めれば、国の成すべき役割は明らかである。資金や時間、さまざまな面であまりにもリスクが大きく、企業が投資できないプロジェクトにこそ、国は資金を出すべきである。しかし、その不確実性ゆえに、外部の人間、ひいては有権者にその判断の妥当性を理解してもらうのは困難を極めるかもしれない。ローリスクのプロジェクトの方が、目に見える結果が得やすいかもしれない。しかし、全く予見できないようなハイリスクのプロジェクトの成功こそが一国経済の成長に決定的に重要なのである。

図:企業成長率の分布。実線(破線)がラプラス分布(正規分布)。
図:企業成長率の分布。実線(破線)がラプラス分布(正規分布)。