ノンテクニカルサマリー

景気変動と金融政策の変化が銀行による資金供給へ与える影響について:企業-銀行マッチレベルデータを用いた実証分析

執筆者 細野 薫 (学習院大学)
宮川 大介 (日本大学)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

問題意識

本研究は、マクロショックの発生(例:実質GDP成長率の変化、金融政策の緩和・引締め)が、銀行による顧客企業への資金供給(融資)に対して及ぼす影響を分析するものである。何らかのマクロショックに対して、異なる財務状態にある銀行がさまざまな資金供給行動の変化を示す(例:ある銀行は大きく資金供給を減少させる一方、別の銀行はほぼ同じ水準の資金供給を継続する)という所謂「銀行のバランスシートチャネル」については、これまでも多くの研究が行われてきたが、企業サイドにおける資金需要の変化を十分にコントロールできていない結果、厳密な検証が為されていない可能性が指摘されてきた。本稿では、こうした批判に対して、企業と銀行の「ペア」レベルで計測された資金の貸借関係に関するユニークなデータを用いることで対処する。

具体的には、企業と各取引銀行との間の複数年にわたる借入関係データ(図1参照)を用いて、何らかのマクロショックが発生した前後で、財務状態の異なる各金融機関の当該企業に対する貸出額が相対的にどの様に変化したかという点に着目することで、(1)手元流動性や自己資本比率の面で劣る銀行の資金供給額が相対的に小さいこと、また、こうしたメカニズムが(2)景気の低迷期や(3)金融政策の引締め時に増幅されることを実証的に検証する。

図1:マッチレベルデータを用いた銀行のバランスシートチャネルの分析
図1:マッチレベルデータを用いた銀行のバランスシートチャネルの分析

分析結果のポイント

我々の推定結果を基に、手元流動性が(A)平均的な銀行と(B)低い(例:一標準偏差分低い)銀行との間で資金供給に生じる差異を試算してみると、「経済成長率がゼロで金融政策に特段の変化が無い」状況では、前者の健全な銀行(A)からの融資額伸び率に比して後者の手元流動性の低い銀行(B)からの融資額伸び率が2.6%ポイント低い結果となった。更に、「経済成長率がゼロで量的緩和政策が解除された」場合について同様に試算してみると、この差異は6.8%ポイントと拡大し、流動性の高低がもたらす影響が金融政策の引き締めによって増幅されていることが分かる。なお、過去30年余りにおける企業-銀行マッチレベルデータを用いて計算したローン伸び率の平均(同標準偏差)が-0.3%(48.8%)であることを踏まえると、こうした手元流動性の違いに基づく資金供給の変化は経済的にも十分に意味のある水準といえる。こうした傾向は、自己資本比率の異なる銀行を比較した場合でも同様に観察されており、本研究で得られた結果は「銀行のバランスシートチャネル」が存在していることを示唆している。興味深いことに、こうしたメカニズムは企業規模が相対的に小さい企業サンプルにおいてより顕著であることも確認されている。このことは、「銀行のバランスシートチャネル」の経済的なインパクトに企業間で大きな差異があることを示唆している。

では、こうしたメカニズムは実体経済へどのような影響を及ぼすのであろうか。本研究では、手元流動性や自己資本比率の面で平均的に低い銀行「群」と取引関係にある企業の総借入額の変化や設備投資比率(設備投資額÷前期末資本ストック)が、同指標において平均的に高い銀行「群」と取引関係にある企業に比べてどの様な水準にあるかを検証している(図2参照)。

図2:企業レベルデータを用いた銀行のバランスシートチャネルの分析
図2:企業レベルデータを用いた銀行のバランスシートチャネルの分析

得られた結果は、特に高い設備投資機会に直面している企業に関して、取引銀行群の平均的な手元流動性が低い場合において、総借入額の伸び率や設備投資比率も低い傾向にあることを示している。また、こうした傾向が、特に景気の低迷期において顕著であることも確認される。このことは、「銀行のバランスシートチャネル」が実物経済への影響を有していることを示唆している。

政策インプリケーション

以上の結果は、景気低迷期における金融機関への政策的な資本注入や流動性の供与が、投資機会に直面している企業の高い成長性を活用する目的から肯定される可能性があることを示唆している。また、アベノミクスの下で運用されている現在の緩和的金融政策の解除タイミングについては、成長性の高い企業の設備投資などに対する負の影響を最小限のものとするために、その決定に当たって慎重な検討が求められることも示唆されている。

本稿で得られた結果は、さまざまな企業ダイナミクスの変化を理解する上で、取引関係(本研究では金融取引)や取引相手(本研究では銀行)の状態を正確に把握することが重要であることを示唆している。この点を踏まえて、たとえば、網羅性の高い政府統計サーベイ調査などにおける取引関係の把握を念頭に置いた調査項目の設計などが期待される。