ノンテクニカルサマリー

企業間取引関係のパフォーマンス決定要因:東日本大震災におけるサプライチェーン寸断の例より

執筆者 中島 賢太郎 (東北大学)
戸堂 康之 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 日本経済の創生と貿易・直接投資の研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「日本経済の創生と貿易・直接投資の研究」プロジェクト

2011年3月11日に発生した東日本大震災は日本経済に対し極めて甚大な被害を与えた。そのなかでも、直接の震災被害によって操業停止を余儀なくされた企業のみならず、このような企業と直接・間接取引を行っている企業について、サプライチェーンを通じて非常に大きな間接的被害を与えたことが大きな問題となった。災害時において、寸断されたサプライチェーンの速やかな復旧は、企業活動の復旧にとって極めて重要であり、その1つの方策として新規取引先の開拓というものがあるといえる。では、実際に震災直後の混乱の中、サプライチェーン復旧のために企業はどのようにして新規取引先を開拓したのであろうか。また、その際に開拓された新規取引先は以前の取引先と比べてどのような特徴を持つのであろうか。本稿はサプライチェーン寸断という間接被害について、新規に取引先を開拓した企業について、震災後に経済産業研究所によって被災地企業を対象に行われたアンケート調査「東日本大震災による企業の負債に関する調査」を用いた定量的な分析を行った。

その結果、まず、震災直後の非常時において、新規開拓された企業は平均的に既存の取引先と比べて満足度が低いことが示された。これは、非常時において情報等が十分に無く、いわゆるサーチコストが平時より上昇していたこと、および、サーチに掛けられる時間が少なかったことを示唆するものと考えられる。しかし、その中でも、通常の新規取引先開拓の際に最重要視される、取引先の製品品質については既存の取引先と満足度についてそれほど大きな違いがなかったことが示された。このことは、サーチコストが高く、サーチ時間の短い非常時において、企業は取引先に対して最も重視される要因を最優先して新規取引先を開拓したことを示唆するものと考えられる。この結果は図1によって示されるものである。

また、企業の立地要因は、取引先選択に統計的に有意な影響をもたらさないのに対し、企業の競争優位は取引先選択について重要な役割を果たしていることも示された。たとえば、大規模生産による価格競争力を競争優位にする企業は、新規取引先の満足度について、価格、および納品頻度・速度の面で満足度が有意に高く、これは、その企業の競争力維持のため、適切な取引相手を開拓していることを強く示唆している。つまり、多くの企業は非常時においても自社の競争優位に基づいて適切な取引先を開拓していたと考えられるのである。

最後に仲介者については、インターネット、タウンページ等、企業の情報を十分に収集できていないと考えられる仲介者を用いた場合、新規取引先への評価が下がることが示された。これは、新規取引先を開拓する際のサーチコストが高く、さらに、サプライチェーン復旧のため、早期の新規取引先開拓が急務の中で、十分に企業情報を持っていない仲介者では十分にサーチコストを下げることができず、適切な相手とのマッチに至らなかったことを示唆するものとも解釈でき、十分に企業情報を収集した組織が取引先開拓を仲介することで、より適切なマッチングを導くことができる可能性があることを示しているといえる。もちろんこの結果はこれらの匿名仲介者がサーチコストを下げる効果について否定するものではない。これらの仲介者がより企業が新規取引先を開拓する際に必要とする、取引先の製造品品質等の情報について十分な提供を行う仕組みを伴うことによって、より適切な取引先の仲介が可能になることを示唆するものとも解釈できるのである。

図1:新規取引先の既存取引先との相対評価
図1:新規取引先の既存取引先との相対評価