ノンテクニカルサマリー

中小製造業経営者にみる協働組織の形成と協働関係を構築する能力に関する研究

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

技術とイノベーションプログラム (第三期:2011~2015年度)
「優れた中小企業(Excellent SMEs)の経営戦略と外部環境との相互作用に関する研究」プロジェクト

近年、日本の基盤技術型の中小・中堅企業の間で、協働関係を組織化する動きが活発にみられるようになった。とくにものづくり企業が地域を基盤として協働関係を再構築する取り組みは顕著であり、共同受注体制を組織化し顧客からの受注の窓口を一本化するケースや、中間材ではなく最終製品の開発にむけた共同の取り組みなどのケースがみられる。そこには、どの企業も大手メーカーからの受注の減少への対策という共通の課題が背後に控えている。これらの協働にむけた中小企業の活動は、受注の一本化であれば、異業種への参入や大手企業に対するプレゼンスの強化を目的とした活動として捉えられるし、独自製品の開発であれば、大手企業を直接的な顧客とせず、中小企業が自社製品の開発・製造・販売するための新事業確立のための活動として捉えることができるであろう。

もともと、所属業界の垣根を超えた中小企業間の連携は目新しいものではなく、異業種交流という形でさまざまなレベルでの関係の構築が模索されてきた。また、行政による支援によって、産学・産産など多様な主体によって構成される連携体の形成が促進されてきた。しかしながら、連携や交流を目的とした組織の設立が相次ぐ中で、協働関係を誰がどのように作り出し、コントロールしているのかについては、これまであまり関心が示されてこなかった。

本論文では、中小製造業の経営者の主導によって、どのように協働関係が構築され、協働関係が組織化されてきたのか、また、中小企業間の協働関係を構築する能力を如何に獲得してきたかについて、3人の経営者の行為実践の記述を通じて明らかにした。とりわけ、協働関係を構築する上での組織化の過程に着目し、2つの組織のタイプに分類した。1つは協働を行うための場やプラットフォームとしての意味を持つ「コミュニティ」であり、もう1つはそのような協働のためのコミュニティ上においてサブ組織として時限的に形成される「プロジェクト・チーム」である。これまで協働に関する先行研究では、おもに後者の組織にしか着目されてこなかったが、本研究では前者のタイプ、すなわち「協働コミュニティ」の形成プロセスに主に着目した。

協働のコミュニティは、経営者の行動に関する記述を通じて、2つの分析軸によるマトリクスによって、管理組織型、価値共有・相互学習型、新事業創造型に分類することが可能となった。2つの分析軸とは、1つは、コミュニティの外部への開放性の程度の相対的な比較である。コミュニティの創設者が参加者のスクリーニングを重視する閉鎖的な組織なのか、それとも多様な人材との結びつきを優先する開放度の強い組織かどうかの分類である。もう1つは、コミュニティ上での意思決定主体の分散の度合いにおける比較軸である。コミュニティの創設者による階層的な意思決定が行われ、各プロジェクトの管理力が重視されているのか、それとも非階層的な意思決定によって意思決定の権限が分散され、メンバーの創発性が重視されているかという観点から分類した。

その上で、これらの協働コミュニティの形成段階におけるメンバーの動員や組織内部の制度化、そしてコミュニティ上でプロジェクト・チームを組織し運営するコーディネーションの役割について触れ、中小製造業の経営者がどのようにこれらの協働組織を創設しマネジメントできる能力を獲得したかについて明らかにした。

表:協働コミュニティの分類
表:協働コミュニティの分類

管理組織型の協働のコミュニティの形成によってサプライチェーンの再構築を進める方法は、中小企業間のネットワークを活用した新規市場の開拓が極めて困難な状況の下では、基盤技術型中小企業を活性化する上での重要なスキームの1つとなる。昨今、各地のさまざまな分野において共同受注システムのような中小企業間の協働関係を組織化する動きが見られるが、とりわけ航空機や医療機器など、大手メーカーとの取引を通じて極めて高い精度と品質、厳格な納期管理が求められる場合、中小企業間の協働組織は、管理組織型コミュニティとなる。こうした協働のあり方においては、取引上のパワーを持つ経営者の存在が重要となる。しかしながら、ワークフローを外部企業に対して明示的に公開することで協働のしくみを制度化し、しかも広範な単工程企業との協働関係を構築しつつ国内外の大手メーカーに販路を拡大できるような事例は、現状ではまだ少ない。

他方で、外部からの協力者を動員していくことで新たな事業やマーケットを創造する事業創造型のコミュニティの活動は、地域に根ざしたソーシャル・ビジネスなど、大手企業の参入が難しい領域での多様な事業モデルを確立する上で、今後ますます重要な役割を担うと考えられる。このような協働コミュニティでは、個々の事業の市場へのインパクトは小さいが、1つの事業から派生的なニーズやシーズを取り込むことで、メンバー企業による事業化が連動的に生じていくことが目指されている。そのため、事業アイデアを具現化するために資金や人材を調達し、市場を創出していくような起業家としての能力が求められている。

このようなことから浮かび上がる政策的な含意としては、協働コミュニティ上での事業活動を活性化していくためのインセンティブを高めるための施策であろう。具体的には、事業ベースでの助成金による支援だけではなく、協働組織に加盟する企業の経営者を対象とした事業創造能力の獲得を促進するための支援である。

協働コミュニティ上で新規事業を立ち上げていくには、戦略的思考に基づいたコーディネーションのスキルの他に経営資源を動員するための能力が必要となる。今日では、公的助成金や技術認証の獲得なども事業創造に必要な経営資源の一部となっているが、メンバー企業の対応は必ずしも十分でなく、経営者の資源動員のための能力開発が不可欠となっている。しかしながら、このような人的資源の開発に対する投資コストは、中小企業が協働を通じて事業を組織化していく上では負担が大きく、協働そのものを妨げる障害となり得る。したがって、そうした負担を軽減するための施策は、協働による事業の成果を高める上で一定の効果があると考えられる。