ノンテクニカルサマリー

貿易自由化の政治経済学:戦後日本のケース

執筆者 直井 恵 (University of California, San Diego)
岡崎 哲二 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 産業政策の歴史的評価
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

政策史・政策評価プログラム (第三期:2011~2015年度)
「産業政策の歴史的評価」プロジェクト

国際間の経済取引に関する障壁を撤廃し、取引を自由化することは、関係国の経済厚生を改善する。第二次世界大戦後、多くの国々と国際機関が、関税の引き下げや非関税障壁の撤廃等に努力してきたのはそのためである。しかし、現在交渉中の環太平洋経済連携協定(TPP)を含めて、国際経済取引を自由化しようとするとき、必ずといってよいほど、国内から強い政治的な抵抗が生じる。これは、自由化の利益が、さまざまな経済主体の間に不均等に分布し、場合によっては損失を被る主体が存在することによる。理論的にも、貿易を自由化すると、競争力のない産業で多く用いられる生産要素の価格が相対的に低下することが知られている。自由化の実現のためには困難な政治的問題を乗り越える必要がある。この課題はどのようにしたら実現できるだろうか。これが本論文の基本的な動機である。

日本は第二次世界大戦後、着実に国際経済取引の自由化を進めてきた。その1つの画期は1960年代前半の「貿易自由化」であった。戦後、1950年代まで、日本は多くの財に、外国為替割当制度を通じた事実上の数量制限を課していた。その大部分を、数年間で撤廃したのである。下図は、「自由化率」すなわち、日本の総輸入額のうち、数量制限を受けていない財の輸入額の比率を示している。このケースに焦点を当てて、本論文では自由化を可能にした政治経済学的要因を定量的に分析した。

1960年6月、政府は「貿易自由化計画大綱」を閣議決定し、その中で、さまざまな財について自由化のタイム・スケジュールを明らかにした。定められた自由化タイミングは財の間で相違しており、その相違の要因を計量経済学の手法を用いて分析することによって、自由化の遅速に与えた政治の影響を調べることができる。説明変数としては、各財の国際競争力の程度などの経済的変数の他に、各財の生産地域がどのような政治的特徴をもっていたかを示す変数を作成した。分析の結果、国際競争力が低い財ほど遅い時期の自由化が計画されたが、その部分を調整した場合、大臣出身地域で集中的に生産される財ほど早期の自由化が計画されたという傾向が明らかになった。1960年代の貿易自由化政策の決定においては、有力な政治家はその政治的パワーを、自分の選挙地盤の利益に結び付く政策の推進ではなく、むしろ与党全体ないし経済全体の利益を増進する方向に向けた。鮮鋭な利害対立を伴う政策決定において、政治的なリーダーシップが重要であることを含意する結果といえる。

図:貿易自由化率の推移
図:貿易自由化率の推移
資料:『通商白書』1970年