ノンテクニカルサマリー

投資受入国におけるイノベーションと外国直接投資の構造:日系多国籍企業に関する実証分析

執筆者 神事 直人 (京都大学)
張星源 (科学技術政策研究所)
研究プロジェクト 日本経済の創生と貿易・直接投資の研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「日本経済の創生と貿易・直接投資の研究」プロジェクト

海外に子会社をもつ企業から見て、投資先の国内企業によるイノベーション活動はどのような要素として考慮されるだろうか? もしその国内企業が取引相手であれば、イノベーションによる技術向上は取引を活発化させる要因になるかもしれない。逆に現地市場でのライバルであれば、国内企業の技術向上は外資系企業がその国でのシェアを縮小させる要因となりうる。それらの効果は現地で子会社が果たす役割によっても異なるかもしれない。

図1:米国特許庁における主要国の特許出願件数(1995-2006年)
図1:米国特許庁における主要国の特許出願件数(1995-2006年)
出所:PATSTATデータベース所収の米国特許庁データより著者作成。

企業によるイノベーション活動を測る指標の1つとして、特許出願件数が考えられる。図1には1995年から2006年の期間における米国特許庁への特許出願件数を出願者の居住国別に示している。米国からの出願が最も多く、日本と西欧諸国がそれに次ぐ。注目されるのが日本を除く東アジア諸国からの特許申請件数の伸びである。1995年には全体の2.5%を占めるにすぎなかったが、2006年には10%を占めるほどに成長した。本研究の背景には、このようなアジア諸国におけるイノベーションの進展が日系多国籍企業の海外現地法人の役割に与える影響を明らかにしたいという関心がある。

本研究では、『海外事業活動基本調査』の個票データから日系多国籍企業の海外現地法人(子会社)における仕入れと売り上げのデータを用いて分析した。まず、仕入れ・売り上げのそれぞれについて現地での取引、日本との取引、第三国との取引の割合をそれぞれ算出した。子会社の立地毎に仕入れ・売り上げに占める各取引の割合を1995年~2006年の平均値で示したのが表1である。米国に立地する子会社は現地取引の割合が0.862と高く、アジアに立地する子会社は日本との取引の割合が0.281と高い。欧州諸国は売り上げに占める第三国の割合が0.357と他地域よりも高いが、その多くは欧州内の取引であり、自国内と欧州内を合わせると0.885と米国とほぼ同じ値になる。他方、仕入れに占める現地取引の割合が米国は0.576であるのに対して欧州は0.404と低いが、これも第三国のうちの欧州内と自国内を合わせると0.559と米国とほぼ同じ水準である。アジアでは国内だけでも0.528のシェアで、そこにアジア内の他国を含めると0.620と高い。

表1:日系現地法人の立地国別にみた売上・仕入に占める現地・日本・第三国の割合
表1:日系現地法人の立地国別にみた売上・仕入に占める現地・日本・第三国の割合
出所:『海外事業活動基本調査』より著者作成。
注:各値は、1995年~2006年の調査に回答した海外現地法人のデータから算出した各取引の割合の平均値をとったもの。そのため合計は必ずしも1にならない。

次に、子会社毎に算出された各取引の割合とその子会社が立地する国の(米国特許庁への)特許出願件数の実質GDP比等との関係を分析したところ、次のようなことが明らかになった。まずアジアと欧州では、子会社が立地する国の国内企業によるイノベーションは、日系子会社による現地での取引の割合を高める効果が見られた。また、米国や欧州等の技術先進国では、現地国内企業によるイノベーションは、日系子会社が日本との取引を活発化させる要因となる傾向があった。さらに、アジアでは現地国内企業のイノベーションが日本企業による当該地域での生産ネットワークの構築を促進する傾向が見られたのに対して、欧州ではそのような傾向は見られなかった。

これらの分析結果から地域毎の違いを読み取ることができる。アジアでは、現地企業のイノベーションは日系多国籍企業が地域内の生産ネットワークを強化する要因となるのに対して、技術先進国である米国や欧州では、現地企業のイノベーションは現地と日本との垂直的関係を強化する要因となる傾向がみられる。したがって、アジアでは地域全体としての貿易自由化が上述の関係をさらに強めるのに有効であるのに対して、米国とは二国間の経済連携協定(EPA)が有効であるように思われる。さらに、EUとのEPA締結は、現地企業のイノベーションが日系多国籍企業によるEU域内国と日本との垂直的関係構築を後押しする効果をさらに拡大させることが期待される。