ノンテクニカルサマリー

偽装された保護主義? 日本の自動車市場における環境政策

執筆者 北野 泰樹 (一橋大学)
研究プロジェクト 新しい産業政策に関わる基盤的研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「新しい産業政策に関わる基盤的研究」プロジェクト

偽装された保護主義政策とは?

GATT・WTO体制における多国間の貿易交渉、そして自由貿易協定の締結などの少数国間の貿易交渉の進展により、各国の関税率は大きく引き下げられてきた。このような関税障壁の削減は、貿易の利益を享受する上で望ましい進展と評価されてきた一方で、貿易政策上の目的を達成するために貿易政策ではなく、環境政策などの国内政策を歪める、偽装された保護主義政策への懸念が指摘されている。事実、日本では、2009年に導入された日本の自動車市場におけるエコカー補助金政策に対し、米国政府から偽装された保護主義政策との批判を受けた。これは、日本車に比較して、米国車の補助対象車種が非常に少なかったためである。

本論文では、このような批判の妥当性を検証することを目的に、2009年に実際に導入されたエコカー減税、補助金について構造推定モデルに基づく分析を行う。分析では、補助金の支給に係る燃費基準と、米国政府が示唆する緩和された燃費基準を採用する場合の2つのケースについて、どちらの政策が環境政策上の目的を達成する上で効率的な政策であったかを定量的に評価することで、日本で導入された環境政策が偽装された保護主義政策と呼べるものか判断する。

評価基準

本論文では販売された新車の平均燃費と燃費の改善に要する補助金の必要額を環境政策上の効率性の判断基準として、評価を行う。なお、この新車の平均燃費は、米国の自動車市場における環境規制として知られるCAFE(Corporate Average Fuel Economy)規制で用いられる指標と同一のものである。こうした評価軸の下で、実際に日本で導入されたエコカー補助金の効果と、米国政府が主張するように変更された補助のための燃費基準に基づく補助金政策の効果を比較する。後者の政策としては、米国政府が(高燃費を実現する)高速道での走行に基づく燃費をより重視した燃費測定方法を要求した点を考慮し、実際の燃費基準から10%引き下げた基準で補助金の支給を行うものとした。

10%とした理由は、以下の通りである。まず、日本のエコカー補助金では、市街地走行と高速走行を3:1で走行した場合の燃費である10・15モード燃費に基づき、補助金の支出が決定されていた。一方、米国車については輸入自動車特別取扱制度による輸入であったため、米国内で公表されるEnvironmental Protection Agency (EPA)の規定する都市部での走行を前提としたcity-mileageによる燃費が10・15モード燃費の代わりに用いられていた。米国政府は、このcity-mileageを用いている点を批判し、より高燃費を実現する都市部と高速道をおおよそ1:1で走行するEPAのcombined-mileageを用いるよう求めた。なお、city-mileageに基づく燃費測定における平均走行速度は10・15モードに基づくものよりも高く、combined-mileageの場合、もちろんその差は拡大する。よって、日本政府が米国車に対し、city-mileageを採用したことには妥当と考えてよいだろう。しかし、環境政策としての効率性を考える場合、他の燃費基準をを採用したほうがより効率であることは十分にありうるので、現行の基準が妥当であるというわけではない。そこで、本論文では、米国政府の主張を一部受け入れ、日本の10・15モードを変更し、市街地走行と高速走行を1:1と変更する場合を考察した。高速走行は市街地走行よりおおよそ50%ほど高燃費を実現することが知られているので、1:1と変更する場合、補助のための燃費基準を現行の燃費基準から10%ほど引き下げる状況に対応する。

なお、米国政府の要求は米国車に対する燃費測定方法の変更であるが、米国車のみに有利となるような燃費基準の変更は妥当ではない。本論文では、同様の緩和された燃費基準を日本車についても適用した場合にどのような影響があるのかに注目し、環境政策としての効率性を評価する。

分析結果

本論文の主要な結果は以下の表1にまとめられる。表1から明らかなように、補助金認定における実際の燃費基準と緩和された燃費基準の効果を比較すると、実現する新車の平均燃費については大きな差は見られない。しかしながら、0.1kmの平均燃費の改善に要する補助金の必要額に注目すると、緩和された燃費基準に基づく補助金政策では、33億円ほど多くの補助金が必要であることが分かる。この結果は、予算制約の下でより効率的に燃費を改善するという観点からは、実際の基準は緩和された基準よりも効率的であることを示している。したがって、少なくともこの2つの燃費基準の比較から判断する限り、実際の補助金政策は環境政策の観点からは効率的であり、偽装された保護主義政策には当たらないといえるだろう。

表1:シミュレーション結果
表1:シミュレーション結果

今後の課題

偽装された保護主義政策の評価として、本論文の分析にはいくつかの課題が存在する。第1に、本論文では、燃費基準10%の緩和に対する評価であるが、偽装された保護主義政策であるか否かについては、環境政策として最適な政策(燃費基準)から実際の政策がどの程度乖離していたかに注目すべきである。第2に、偽装された保護主義政策の評価に当たっては、政策がもたらす国内企業と外国企業の利潤に与える影響に注目すべきであるが、本論文では、データの制約上、輸入車、そして外国企業の販売台数や利潤に与える影響は分析できなかった点が挙げられる。 第3に、今回は新車の平均燃費とに注目した分析を行ったが、 環境政策の評価としては、CO2排出量、あるいは社会厚生など、その他の基準で評価も検討すべきである。